たい焼きとパフェと (夢の降り積もる街で-3)


あゆSS。

シリーズ:夢の降り積もる街で

では、どうぞ。

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たい焼きとパフェと (夢の降り積もる街で-3)
 

1月 8日 金曜日
 

「…寒い。」
オレは玄関から出ると、思わず首をすくめた。
目の前は白一色。
夜のうちに降ったらしく、足跡さえついていない。
「…いいお天気。」
後を追って出てきた名雪が、空を仰いで頷く。
確かに、それには雲一つない。天気はいい。いいのだが…
「…でも、無茶苦茶寒いぞ。」
オレはコートの襟を立てた。
でも、そんなことではどうにかなるような寒さじゃないが…
「これが普通だよ。」
「…昨日も聞いた。」
「本当だからだよ。」
それはそうかもしれないが…あんまり聞きたい言葉じゃない。
「ホントにオレ、昔、ここにいたのか?」
「もちろんだよ。」
名雪は頷くと、オレの顔を見つめて
「だから、すぐになれるよ、きっと。」
「…根拠のない言葉だな。」
「ふぁいと、だよ」
「……はあ。」
名雪の元気さに、オレは逆に思わずため息をつく。
朝の様子が嘘のように元気な名雪。
「…しかし、マジでお前、朝が弱すぎ。」
「そうかな…」
名雪は首を傾げて
「確かに、ちょっとは…」
「ちょっとなんてもんじゃないぞ。あの目覚ましの数…いったい、幾つ持ってるんだ?」
「えっと…6つかな。」
それで全く起きないのだから…信じられない。
隣のオレの部屋でさえ、まるで耳元で鳴っているように聞こえたぞ…
「おかげで、目覚まし要らずだけどな。」
「そういえば、目覚まし要らないの?」
名雪が首をかしげたまま、オレの顔を見た。
「…要らない。お前の部屋の目覚ましで十分目が覚める。」
「えっと…でも、わたしと一緒に起きない時はどうするの?」
「その時は…」
そんなこともあるだろうか。
…あるかもしれないな。こいつは部活があるだろうから…
「その時は…考える。」
「目覚まし、一つ貸そうか?」
「うーん…」
オレは名雪の顔を見ながら、ちょっと考えて…
「…どうでもいいけど、時間、大丈夫なのか?」
「えっと…そうだね。」
名雪は腕時計を見て、オレを見上げた。
「…たぶん。」
「たぶんって何だよ。」
「走れば…大丈夫。」
「ちなみに、学校まではどのくらいかかるんだ?」
「歩いて25分くらいかな。」
「走ったら?」
「20分くらいだよ。」
…朝から20分走る…
勘弁してほしかった。
「じゃ、急ぐか。」
名雪の腕時計を覗くと、時間は8時10分少し前。
「うん。」
「…明日はもうちょっと早く出たいもんだ。」
「努力はするよ〜」
「…努力だけじゃな。」
何となく、無駄な努力になる気がした。
「…しょうがない。行くぞ。」
「うん。」
オレたちは走り出した。
真っ白な街並み。吐く息までが白い。
凍るような冷たい空気で肺が痛い。
名雪はどう見ても走りにくい制服だったが、全く楽しそうに走っていた。
陸上部というのは本当らしい。
一方、こっちは…
「…はい、到着だよ〜」
「…はあはあはあ」
オレは立ち止まると、息を整えながらオレが新しく通う高校を見た。
思ったよりも大きな建物。
「さ、ここが今日から祐一が通う学校だよ。」
「…そうだな。」
オレはまだ息を切らしながら、あたりを見回した。
登校してくる生徒たち。
オレや名雪と同じ制服…
でも、女の子のリボンは3種類あるようだ。
青と緑と、名雪と同じ赤。たぶん、学年別に色が違うのだろう。
とすると、赤のリボンの生徒は…
「名雪、おはよっ!」
いきなり、声と共に一人の少女が現われた。
名雪と同じ赤いリボン。ウエーヴのかかった長い髪。少し目がきつそうな…
「久しぶりねぇ、名雪。元気だった?」
「…香里、痛いよぉ」
背中を叩く少女に、名雪は困ったような顔で
「もう…」
「あいかわらず眠そうな顔ね、名雪。」
「わたしは昔からこんな顔だよ…」
でも、少女はまったく気にしない様子で、ニコニコしながら
「そうねえ。」
「それに、一昨日も電話したよ…」
「直接会うのは久しぶりって意味よ。」
「今週の火曜日に一緒に映画観たよ、たしか」
「3日会わなかったら立派に久しぶりよ」
「…そうかな?」
「うんうん。」
少女は頷くと、オレの方を向いて
「そういえば、この人、誰?」
「わたしのいとこだよ。ほら、電話で言ってた。」
「ああ、そうね。」
「今日から一緒にこの学校に通うんだよ。」
「そっか…そうなんだ…」
少女はうんうんと頷くと、
「初めまして。美坂香里です。」
そう言って、軽く頭を下げた。
オレも一応頭を下げて
「オレは相沢祐一。えっと…美坂さん?」
「香里でいいわよ。」
「だったら、オレも祐一でいい。」
「それは遠慮しておくわ。」
…何か、ポリシーのある奴らしかった。
「わたしと香里は同じクラスなんだけどね。」
名雪がニコニコしながら口を挟むと
「祐一も一緒なクラスになれるといいね。」
「転入クラスって分からないの?」
「オレは聞いてない。たぶん、職員室に行けば分かると思うけど。」
「…一緒のクラスになれるといいね。」
名雪が同じ言葉を、今度はオレの顔を見ながら言った。
オレは…
「…まあな。」
「うん!」
うれしそうに名雪が頷く。
キンコ〜ン
「あ、予鈴。」
香里が言うと、名雪はオレを見て
「わたしたち、教室行くけど、祐一は…」
「オレはとりあえず、職員室に行く。」
「うん!頑張ってね。」
大きく頷く名雪。
…何を頑張ればいいんだか…
「名雪、走るわよ!石橋とどっちが早いか勝負!」
香里は言うと、さっさと走っていった。
「あ、うんっ」
名雪は頷くと、オレにちょっと手を振って、昇降口に消えていく。
オレは二人を見送ると、とりあえず職員室へ…
…職員室?
それ…どこだよ…
オレは誰もいなくなった校門で立ち尽くした。
…前途多難の学校生活の始まりだった。
 

「…疲れた。」
チャイムが鳴って、先生が去った瞬間、オレは机に突っ伏した。
「…何が疲れたの、祐一?」
オレの横、名雪が例によって間延びした声をかけてくる。
「そうよねぇ」
オレの斜め後ろから、香里の声。
つまりは…そういうわけだ。
たぶん、神様か…悪魔が憑いているのだろう。
「こっちは始業式に出たんだけど。」
「そうだよ、祐一。」
「…こっちは転校したてだからな。気疲れってやつだよ。」
「…ふうん。」
ちょっと納得したように頷く名雪。
一方、香里はちょっと笑いながら自分の席を立つと、
「それにしても、ホントに同じクラスとはね。」
「わたしもびっくりだよ。」
名雪もニコニコしながら、オレの席に寄って来る。
「きっと、神様が味方してるんだね…」
「…悪魔かもな。」
「何でよぉ〜」
ちょっと頬を膨らます名雪。
そんな様子をいつの間にか、他のクラスメートたちが不思議そうな視線を送っていた。
でも、もう放課後ということで、みんな教室を出ていく。
「明日からよろしくね、祐一。」
名雪がそんなクラスメートを気にもとめない様子で、きげんを直して言う。
「…そうだな。」
「…うれしそうじゃないね…」
と、名雪はオレの顔を覗きこんで
「一緒なクラスじゃ…嫌なの?」
「…いや、そういうわけじゃないが。」
オレは名雪の顔を見て、ちょっと肩をすくめて
「ていうか、思わず踊り出しそうなくらいうれしいぞ。」
「よくわからないけど…でも、うん…よかったよ。」
名雪はにっこり微笑む。
と、それまで黙ってオレたちを見ていた香里が
「ごめんね、あたし…先、帰るわ。」
席に戻って鞄を抱えた。
名雪がそんな香里に向き直ると
「香里、今日、部活は?」
「一応、部室には寄るけど、そのまま帰るわ。」
「わたしは今日も部活だよ。」
「…大変よね、部長さんは。」
言うと、香里は肩をすくめた。
「でも、走るの好きだから。」
名雪はにっこり微笑んだ。
「…まあ、そんなとこが名雪らしいけどね。」
「そうかな?」
「まあね。」
ちょっとズレているようで…まあ、女の子同士の会話なんてこんなものなのだろう。
「それじゃ、二人とも、また明日。」
「ああ。」
「うん。また明日ね。」
香里は小さく手を振ると、教室を出ていった。
「…わたしも部活に行かないと。」
名雪が小さくつぶやくように言った。
気がつくと、もう教室にはほとんど人がいない。
「じゃあ、オレも帰るわ。」
「…わたし、部活で一緒に帰れないけど…」
名雪は言いながら、オレの顔を見上げて
「…一人で帰れる?」
「おいおい…来た道を帰るくらい、子供でも出来るぞ…」
「…そうだよね。」
名雪はにっこり笑うと、
「じゃあ、昇降口まで一緒に行こう?」
「…そうだな。」
オレは職員室に行くまでの長い道のりを思い出して、頷いた。
「じゃあ、頼む。」
「うんっ」
名雪はうれしそうに頷くと、教室を出た。
オレも後を追いかけて、廊下へと出る。
廊下は外からの光と雪の反射光で、結構明るい。
「そういえば、あそこにいるのが北川くん。祐一の後ろの席だよ。」
「…なるほど。」
名雪が指差す方を見て、とりあえず頷いておく。
「覚えた?」
「たぶん。」
「…覚えないとだめだよ。クラスメートくらい…」
「オレは記憶はいい方だ。」
「……そう?」
名雪はオレを見ると、ちょっと真剣な顔をして
「じゃあ…7年前のこと、どのくらい…覚えてる?」
「え?」
オレはオレを見上げている名雪の顔を見つめた。
7年前…オレは…この街で…
…この街にいたはずで…そして…オレは…
「…いや…思い出せない。」
「少しも?」
「…たぶん。」
名雪はオレの目を見つめた。
そして、しばらく真剣に見つめていたが
「…いいけど…」
小さくつぶやくと、振り向いて歩きだした。
「…どうしたんだよ。」
オレは後を追いかけると、名雪の横を歩きながら
「どうかしたのか?」
「…何でもないよ。」
名雪はつぶやくように言うと、顔を上げて
「でも、きっと思い出すから。」
「…そうかな。」
「そうだよ。だから…」
階段を降りていく名雪。
降りた先は、玄関だった。
「…じゃあ、わたしはこのまま部活に行くね。」
名雪は振り返ると、何事もなかったようににっこりと笑うと
「気をつけて帰るんだよ。」
「…子供じゃないって。」
さっきまでの名雪の表情は、ちょっと気にはなったが、オレはちょっと肩をすくめて名雪に言った。
「…でも、ありがとうな。」
「どういたしまして。」
頭を下げたオレに、名雪は靴を履きかえながら
「祐一、これからどうするの?」
「そうだな…」
オレも靴を履きかえながら
「予定はないけど…ちょっと街を歩いてみるよ。」
「ふうん…」
名雪はオレの顔を見ると、にっこり笑って
「そうだね。そうしたら、思いだすかもしれないしね。」
「…そうかな。」
「ふぁいと、だよ。」
「頑張ってどうなるもんでもないと思うが…」
オレは言いながら、昇降口のドアを開けた。
「…寒い。」
「…冬だから。」
名雪の聞き慣れた言葉も、言い訳にさえ聞こえない。
冷たい風と…そして…
「…降ってるのか。」
白い雪が灰色の空から、ちらちらと落ちていた。
「…すぐにやむと思うよ。」
「そうかぁ…?」
見ていると、やがてちらちら舞っていた雪が消えていった。
「…止んだか。」
「うん。」
「じゃあな、名雪。」
オレは手をあげると、外へと歩きだして…
「…あ、名雪。」
グラウンドの方へ行こうとしていた名雪に、オレは声をかけた。
「うん?」
名雪は振り向いた。
「オレが名雪の家に居候してること、絶対に言うなよ。」
「…え?どうして?」
本当に分からない感じの名雪の顔。
…普通、分かるだろう…
「悪い噂がたったら、お前も困るだろ?」
「悪い噂?」
「だから…なあ。同級生が同じ家ってことになると…」
「………」
名雪は黙ってオレを見ていた。
…嫌な予感がした。
「名雪…まさか…」
「…ごめん」
名雪は後ずさりすると
「手遅れっ!」
いきなり走り出した。
「待てっ!何なんだよ、手遅れって!」
「…今朝、みんなに言っちゃったっ!」
「言うなぁ!」
オレの声は、グラウンドへと消えて…
…明日から、まじで学校休もうか。
思わず、そう思った。
普通、隠すもんだと思うが…ずれてるにも程があるというか…
「…はあ。」
オレはため息をつくと、校門へと歩きだした。
雪が晴れたとはいえ、寒さは変わらない。
とりあえず、朝来た道をたどって、それから昨日の道…
ともかく歩いていくと、何となく、記憶が戻ってくる感じ。
おぼろげではあるけれど…何となく…
見回すと、昨日来た商店街の近くまで来ていた。
昨日とは違う道を来たが…たぶん、昔、オレが通ったことがある気がする。
そして、この場所…
…ここは懐かしい感じはする気がする。だけど…
「きゃうっ」
「…え?」
誰かがぶつかった感触。
驚いて振り返ると、そこに誰かが座りこんでいた。
ぶつかった拍子に倒けたのか、尻餅をついていた。
ベージュ色のダッフルコート…頭の白いリボン。
そして、ちょっと涙目になって見上げた顔は…
「…よう、あゆ。」
オレは思わず笑ってしまった。
あゆはまたぶつけたらしい赤い鼻をおさえながら
「うぐぅ…祐一くん…」
「…おう。当たり屋。」
「誰がっ!」
あゆはあわてて立ち上がると、オレを見上げて怒ったように
「誰が当たり屋っ!?」
「だって…そうだろう?昨日、今日と2日連続で人にぶつかってくるなんて…」
「こんなところで立ってるのが悪いんだろっ!」
「商店街で立ってて、何が悪いんだ?それより、商店街を走ってる奴が悪いと思うが。」
「…うぐぅ」
あゆはちょっと目を落すと、でも、すぐに顔を上げて
「でも、そっちがよそ見してるからっ」
「立ってる方によそ見もないだろ。走ってる方が、前を見てなかったんじゃないか?」
「うぐぅ…」
図星らしかった…
あゆは涙目になりながら、オレを見上げて
「…でも、転んだのはボク…」
「それは自業自得だな…」
「…うぐぅ」
悲しそうに目を落すあゆ。
…ちょといじめ過ぎたかな。
オレは笑うのをやめて、あゆを頭をそっと叩くと
「…確かに、また会ったな。」
「…え?」
「ほら、昨日、言っただろ。『きっと会えるからっ』って。」
「あ…うん。」
あゆはうなずきながら、ちょっとオレの手を、まだあゆの頭に載せたままの手を見た。
「…あ、悪い。」
オレはあわてて手を引っ込める。
「馴れ馴れし過ぎた…か?」
「…えっと……うん。」
あゆはちょっと顔を赤らめて、目を下に落とす。
オレも外した手をどこにやるでなく…
なんだか急に、見た目は幼い目の前の相手が、同じ年の女の子だってことが…
…何を考えてるんだ。オレは別に、そんな…
オレは頭をちょっと振って、そんな考えを振り払うと、
「…じゃあ、約束、果たすか。」
「え?」
あゆは不思議そうに顔を上げると
「えっと…」
「たい焼きのお返し。」
「あ、そうだったね…じゃあ…」
あゆはきょろきょろとあたりを見回した。
「どうした?」
「うん…いつもはこの辺に、たい焼き屋さんがいるんだけど。」
「たい焼き屋?」
「うんっ!街で一番おいしい、屋台のたい焼き屋さん。」
あゆは断言しながら、あたりを見回した。
オレも見回してみる…が、それらしい屋台はない。
「今日はお休みかな…」
あゆはちょっとがっかりしたように、オレに向き直ると
「ごめんね…」
「…なんでお前が謝るんだよ。」
オレはすまなそうなあゆに笑ってみせて
「じゃあ、たい焼きの代わりに、どっかでパフェでもおごってやる。」
「え…パフェ?」
あゆは顔を輝かせると
「ボク、パフェは好きだよっ」
「そうか。」
…ていうか、パフェが嫌いな女の子を、オレはまだ見たことがない。
「じゃあ…この辺にファミレスはないか?」
「ファミレス?…ちょっと遠いよ。」
「そうか。じゃあ…」
オレはあたりを見回した。
今日はみんな始業式だけで早いせいか、商店街は学生の姿が多い。
学生服…今度の学校の、変な制服の女生徒…それに、普通のブレザーの女生徒…
制服の少女たちが数人、少し先の看板の店に入っていくのが見えた。
看板を見えると…『百花屋』?
「…あれ…喫茶じゃないか?」
「え?」
あゆは振り返ると、オレの指差した店を見た。
「え、あ、そ、そうだけどっ」
と、あゆはあわてて振り返ると、オレに急いで手を振って
「で、でも…」
「でも、何だ。何かまずいのか?」
「い、いやっ、そうじゃないけどっ」
「何か、女の子たちが入ってってるから、きっと味もまあまあだと思うぞ。」
「お、おいしいんだよ。おいしいんだけどっ」
あせっているあゆ。
何か問題があるのだろうか?
「…何かまずいのか?」
「う、ううん、別にっ」
「…校則で喫茶、入っちゃダメだとか?」
「そ、そうじゃないけど…」
「…じゃあ、あそこにしよう。」
「ええっ!」
びっくりしたようなあゆの声。
思いっきりあせっている顔。
間違いなく、何かまずいらしいが…
「…まずいことがあるなら、言えよ。」
「べ、別にまずいわけじゃ…」
「…じゃあ、行くぞ。」
「あ、え、その…」
オレはあせりまくりのあゆの背中を押すように、その喫茶へと歩いて行った。

カランカラン

「いらっしゃいませ〜」
入り口のドアを開けると、店員らしい声。
店の中は、女子高生でいっぱいだった。
彼女たちが囲んでいる小さなテーブルの上には、パフェやアイスらしい容器が並び、大きな窓からさす陽に輝いて、店内を不思議に照らしている。
「…いっぱいかな?」
「お二人なら、右手の窓際の一番奥が。」
奥の暗がりからの店員らしい女の子の言葉に、見ると確かに小さな二人がけの席。
すぐそばの窓から陽がさして、あったかそうに見える。
「よかったな、あゆ…」
オレは後ろのあゆに振り返って…
「…て、何してるんだ、お前?」
「…うぐぅ…」
あゆは入り口のドアの外、隠れるように立っていた。
そして、ガラスからちらっとオレの顔を見ると、あわててまた顔を引っ込める。
「お前なあ…」
入り口に戻ろうとしたオレに、不思議そうな声で店員が
「…どうかしましたか?」
「…いや、連れがちょっと…」
オレは振り返って…
店員の姿を初めて見た。
白いブラウス…ピンクのスカート…そして、ちいさなエプロン。
…オレは振り返ってあゆを見た。
「…そういうことか?」
「…うぐぅ…」
あゆは観念したように、影から出てきた。
そして、店に入ると、ぴょこっと頭を下げて
「…こんにちわ。」
「あら、あゆちゃん。」
オレの隣まで出てきていた店員が、あゆを見てにっこり微笑んだ。
「今日は遅いと思ったら、デートだったの?」
「そ、そういうわけじゃ…」
「いいって、いいって。もうちょっとわたしもいるから。店長にはわたしがそう言っとくね。」
「あ、えっと…」
「まあまあ、座って座って。」
店員はあゆの背を押すように、席まで連れていく。
オレはその後を追うと、コートを店員に渡して座った。
「ほら、あゆ。座れよ。」
「…うぐぅ」
あゆはまだぐずぐずしていたが、やっと観念したようにコートを脱いで店員に渡した。
コートの下は、ブレザーだった。転校した高校とは別の高校の女子高生が、同じ恰好をしているのを、オレもよく街で見かけている。
こうしてみると、あゆもやっぱり…
「………」
あゆは目の前の椅子に腰かけると、固い表情で目をテーブルに落とした。
「…じゃあ、注文が決まったらお呼び下さい。」
店員はコートを持つと、メニューを置いて歩いていった。
「………」
あゆは黙って座っていた。
椅子に浅く腰かけて、目を目の前のメニューに落としたままで…
紺のブレザー姿に、背中から陽がさしていた。
「…本当に高校生だったんだな。」
「え?」
「いや…」
オレは驚いて目をあげたあゆから外に目をやった。
「…コート姿と、ここの店員の姿しか見てないから、ホントに高校生かって…」
「…昨日、言ったじゃないか。」
「ああ。でも、ホントにそうだったんだなって。」
「…うん。」
あゆはちょっと苦笑いを浮かべて
「似合わないでしょ?」
「…そんなことはない。」
「うそっ」
「…そうでもないぞ。」
「………」
「…ホントだぞ。」
オレが言うと、あゆはうれしいような、恥ずかしいような顔で
「…うん。」
と、目をまたメニューに落とした。
「…何にする?」
「…え?」
「…だから、注文だよっ」
「…ああ。」
オレはメニューをちらっと見ると
「…コーヒー。」
「ホット?」
「冬にアイスがあるのか?」
「一応ね。いるんだよ、冬でも注文する人。」
「…オレは要らない。」
オレはあゆに手を振って
「冬にアイスコーヒーは邪道だって、死んだばあちゃんが言ってたからな。」
「…本当?」
びっくりしたようにオレを見るあゆ。
オレはにやりと笑ってみせて
「…なわけないだろ、バカ。」
「…うぐぅ」
あゆは言葉に詰まると、また目をメニューに落とし、
「…じゃあ…」
でも、すぐに顔を上げると、
「…ボク、チョコパフェ。」
「おう。」
チョコパフェの値段は…対した値段じゃない。
「…でも、考えてみると、オレは損したな。」
「え?」
オレは店員に注文すると、あゆに向き直った。
「たい焼きより、パフェの方がず〜〜〜っと高い。」
「…祐一くんが、パフェでもおごるって言ったくせにっ」
「そうだったっけ?」
「そうだよっ!」
「…腹話術か…」
「……?」
…今のはちょっと高度なギャグ過ぎたらしい。
「…祐一くん?」
「…しかし、お前の学校はバイト可なのか?」
オレはとりあえず、ごまかしついでに聞きたかったことをあゆにぶつけた。
「え?」
「いや…普通の高校は、バイトはダメだろう?」
「…えっと…」
「たぶん、うちの高校もダメだと思うんだが…」
あゆはオレの顔を見ていた。
ちょっと困ったような顔。
瞳が揺れて…
「…お待たせしました。」
ちょうどその時、店員がやってきた。
目の前のテーブルにパフェとコーヒーを置くと、レシートをテーブルに置く。
「ご注文の品、以上ですか?」
「はいっ」
あゆが答えると、店員はあゆの方に向き直って
「…あゆちゃん。」
「あ、はい。」
「交代は、デートが終わってからでいいからって。」
「え、で、でも…」
「…いいから。」
店員はにっこり微笑むと、奥へと戻っていった。
「…うぐぅ…」
それを見送るあゆの顔…
「とりあえず、食うか。」
「……うん。」
あゆはため息をつくと、スプーンを取った。
「頂きます…」
「おう。」
スプーンでパフェをすくい取ると、口に運ぶ。
「…おいしい。」
「そうか。」
「うん!」
さっきまでの表情はどこへやら、いかにもうれしそうな顔で、スプーンをどんどん口に運ぶ。
「…ここはイチゴサンデーもおいしいんだよっ」
「ふーん」
「そういえば、一昨日、駅前で祐一くんが待ってた人…名雪さんだっけ?」
「…名前、知ってるのか?」
「ううん。」
あゆは大きく首を振ると、
「でも、あの時、祐一くんが名前、言ったから。」
「…そうか。」
「うん!で、あの人も、時々来るんだよ。で、いっつもイチゴサンデー頼むんだ。」
「へえ…」
「いっつもだよ。きっと、イチゴが好きなんだね。」
「…そうだったかな…」
思い出そうとしたが…覚えはなかった。
でも、名雪ならあり得るような…
「…ちなみに、名雪、お前と同じ年だぞ。」
「…え?」
あゆはスプーンを咥えたまま、びっくりしたようにオレを見た。
「奇麗で落ちついてるから、ボク、年上かと…」
「…落ちついてる…?」
…ていうか、ちょっとボケが入ってるだけだと思うぞ…
「…うん。そうか…同い年だったんだ…」
あゆはまだびっくりした顔をしている。よっぽどびっくりしたらしい。
「…でも、一緒に住んでるの?その…名雪さんと?」
「…おう。」
「へえ…すごいね…」
…何がすごいんだか。
「…いとこだからな。」
「でも…」
「…なあ、あゆ。」
オレはめんどくさくなって、話題を変えようと
「お前の学校って…どこ?」
「え?」
あゆは咥えていたスプーンを落とすと、あわてて拾い上げて
「えっと…駅の向こうの、商業高校。」
「…なるほど。」
どうりで、同じ制服の生徒が駅に向かって歩いていくのを、今朝、見かけた…
「商業高校だから、バイトOKなのか。」
「…そういうわけじゃないよ。」
あゆは最後のパフェを口に放りこむと、笑いを浮かべた。
でも、ちょっと複雑な…
「…ボク、特別に許可、もらってるから。」
「…ふうん…」
オレはあゆの顔を見た。
あゆは目を空っぽの食器を見つめていた。
昼の陽射しが窓からさして、ガラスに反射して、あゆの顔を複雑に、明るく、暗く、照らしていた。
そして、あゆの表情…
「…ケーキ、追加するか?」
「え?」
あゆはハッとしたようにオレの顔を見た。
「いや…もう昼だから、お腹が空いてな。」
オレは笑ってみせた。
言いたくないのなら…聞かないでおこう。何となく、そう思った。
「ケーキ、ここはうまいのか?」
「うん!」
あゆはパッと顔を輝かせると
「特に、チーズケーキが絶品だよっ」
「…そうか。じゃあ、頼むかな…」
「うん!」
「…あゆも頼めよ。」
「え?」
「一つなら、ついでだ。おごるから。」
「え?」
あゆはびっくりした顔で、オレを見た。
「…ううん。」
でも、ちょっと顔を曇らせると
「…今日は、いいよ。」
「何でだよ。」
「…今日は、ケーキは…いいから。」
「…?」
「…あはは。」
「……ダイエットか?」
「違うよ。」
「…ダイエットよりも、食べた方がいいと思うぞ、あゆ。」
「違うんだってば。」
「だから、背も胸も育たないんだぞ。」
「違うったらっ!」
あゆは顔を真っ赤にすると
「ひどいよ、祐一くん!」
「いや…ホントのことだから。」
「…うぐぅ」
「だから…」
「昨日、誕生日で、ケーキいっぱい食べたからいいんだよっ!」
あゆは言うと、ぷいっと横を向いてしまった。
「…誕生日?」
オレはあゆの顔を、そんな横顔を見た。
「そうだよっ」
あゆは横を向いたまま
「昨日、みんなが誕生パーティしてくれて…それで、いっぱいケーキをくれたから。だから、今日は、いいんだよっ」
「誕生日…」
「………」
あゆは横を向いたまま、頬を膨らましていた。
白いリボンがシルエットになって、オレの顔に影ができた。
あゆはそのまま黙って、外を向いていた。
でも、外の景色を見ているようには見えず…
「…そうか。」
オレは手を伸ばすと、あゆの頭をポンッと叩いた。
「じゃあ、今日のこれは誕生祝いってことにして、お返しはまた今度にする。」
「…え?」
あゆはやっとこっちを向いた。
「時間、いいのか?」
「え?」
「バイトの時間。あんまり待たせると、悪いんじゃないのか?」
「うん…」
「…じゃあ、オレ、帰るわ。」
オレはレシートを掴むと、立ち上がった。
「…祐一くん?」
あゆはあわてて立ち上がると、オレを見上げて
「そ、そんなの、別に…」
「いいからさ。まあ…一日遅れで悪いけど。」
オレはあゆに笑って
「お返しは、また今度。今度こそ、たい焼きってことで。」
「祐一くん…」
「じゃあ、バイト、頑張れよ。」
オレはレジに行くと、お金を払ってコートを受け取る。
そしてコートを着ながら、席を立ったそのままのあゆに手を振ると、店の入り口に歩いていった。
「…祐一くん!」
ドアに手をかけた時、あゆの声がした。
オレは振り返った。
「…じゃあな。」
あゆは後ろに立っていた。
レジのところに立って、オレを見ていた。
オレはちょっと手を振ると、ドアを開けた。
「ありがとうございましたっ!」
大きな声に振り返ると、あゆがオレに向かって頭を下げていた。
そして、あげた顔…
「…また、な。」
オレはもう一度手を振ると、ドアを閉めた。
 

祐一くんが見えなくなるまで、ボクは見送った。
昨日も…今日も…うれしいことが続いて…
涙、出ちゃうよ。
昨日が誕生日だなんて、ボク、全然忘れてて。
だけど、帰ったら、みんなが…
パーティーの準備して…
ボクを待ってて…
ケーキ…
そして、今日は…

祐一くん
いい人…だよね。
何か、口、悪いけど…でも…優しいよ。
だからかなあ…
なんか、不思議と…

「…あゆちゃん?」
「はいっ」
振り返ると、香奈美さんがボクを見ていた。
「…いいの?」
「え?」
「彼よ。」
香奈美さんはにっこり笑って
「もうちょっと、一緒にいたかったんじゃないの?」
「そ、そんなんじゃないですっ!」
ボクはあわてて言ったけど、香奈美さんはますます笑って
「うそうそ。」
と、ボクの顔をのぞき込んで
「あゆちゃん、目、うるんでるもの。」
「こ、これは…」
「…あゆちゃんも、高校生だもんねえ…」
「…うぐぅ」
「ふふふ。」
香奈美さんはちょっと笑った。
「無理しなくていいのに…」
「か、香奈美さん、だから…」
「…あゆちゃん、顔、赤いわよ。」
「…うぐぅ…」
違うのに…
祐一くんは、そんなんじゃ…
…でも。
じゃあ、どうしてボク、言わなかったんだろ。
ボクが…
「…あゆちゃん。」
「え?」
あわてて見ると、やっぱり香奈美さんは笑ってた。
「交代…いい?」
「あ、はいっ!」
昨日も、今日も…いいことあったから…
今日も、頑張るぞ!
ボクは香奈美さんに笑って、奥へ着替えに駆け込んだ。

<to be continued>

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…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…決めた。
「何をです?」
…考えない。進行予定と、日付だけ考えて、あとはなりゆきで書く。
「なんですか、それは?」
…もともと、夢・夢もそういう風に書くはずだったんだし。これでそれを目指そう。ぼちぼちと、書いていこう。
「…と言いながら、ほぼ毎日書いてませんか?」
…今のところはね。この土日で進行を考えて…でも、何回書くかも不明だし…でも、不明のまま、いこう。
「…いいんですかね…」
…いいの。どうせ、これ、ほとんど読んでる人いないから…オレの想いだけで書いていいだろ?一本くらいはさ…
「いつもそうなくせに」
…うぐぅ

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