Strawberry Dream (夢の降り積もる街で-4)


あゆSS。

シリーズ:夢の降り積もる街で

では、どうぞ。

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Strawberry Dream (夢の降り積もる街で-4)
 

1月 9日 土曜日
 

ドアを開けると、変わらぬ雪景色。
昨夜は降らなかったのか、積もった雪が凍っていて、踏むとバリバリ、音がする。
オレはそんな雪を踏みしめながら、ドアに振り返って
「名雪、行くぞっ」
「…ひどいよ、祐一…」
名雪が不服そうにオレの顔を見ながら、靴を履いて出てきた。
「…何がだよ。」
オレが聞くと、名雪はちょっと頬を膨らませると
「…わたしのパン…」
「…しつこい奴。」
オレは思わず笑って
「時間がないから、半分食べてやっただけだろ。」
「わたし、頼んでないよ…」
「しょうがないだろ、時間がないんだから。」
「うー」
まだ不満そうな名雪。
「いいから、行くぞっ」
「うー」
オレが走り出すと、名雪はその顔のまま追ってきた。
時計を見ると、時間は…8時7分。
とりあえず、一生懸命は走らなくてもいいようだが…
「うー」
走りながらも、まだうなっている名雪。
「しつこい奴だな、名雪。」
オレは足をゆるめると、名雪に振り返って
「お前が起きるのが遅いのが悪いんだろ。」
「まだ時間、あったよ。」
「その代わり、時間ぎりぎりになるだろうが。オレは朝から全速力で走りたくない。」
「わたしは、走ってでも食べたかったよ…」
まだ言っている名雪。
オレはあきれて
「何でそこまでこだわるかな…」
「…だって」
名雪はオレを見ると、
「だって、イチゴジャムだったんだよ!」
「…イチゴジャム?」
「うん。」
名雪は大きく頷いた。
真剣な顔だった。
…そういえば、今朝、テーブルに出ていたのは、秋子さんに手作りらしいジャムのビン。
オレは甘いものはあまり好きでもないから、中身を気にしなかったのだが…
「…それがどうかしたのか?」
「どうかした、じゃないよ。」
名雪はぷっと頬を膨らますと
「おいしいんだよ、お母さんのジャムは。」
「…そうなのか?」
「うん。わたし、お母さんのイチゴジャムがあったら、ご飯3杯は食べられるよ。」
「…普通、ジャムでご飯は食わないぞ。」
「わたしは食べられるもの。」
ちょっと顔を赤くして、力説する名雪。
そんなにジャムがうまいのか、それとも…

『…そういえば、一昨日、駅前で祐一くんが待ってた人…名雪さんだっけ?』
あゆがうれしそうにチョコパフェを食べながら言っていた。
『あの人も、時々来るんだよ。で、いっつもイチゴサンデー頼むんだ。』
『へえ…』
『いっつもだよ。きっと、イチゴが好きなんだね。』
口のまわりをチョコとクリームで汚しながら、うれしそうに言ったあゆ…

「…名雪、お前…」
「…うん?」
「ひょっとして…ジャムっていうか、イチゴが好きなんだろ?」
「え?」
名雪は立ち止まると、オレの顔を見つめた。
「…思い出したの?」
「はあ?」
今度は、オレが声をあげる番だった。
「えっと…」
「ほら、7年前の冬…お母さんがイチゴ、箱ごと置いて出かけたことがあって。」
「……」
「わたし、祐一が止めてるのに、結局一箱食べちゃって…そのあと、お腹壊しちゃって、大変だったよね…」
「………」
「…あの時、祐一、わたしの介抱しながら、『名雪、よっぽどイチゴが好きなんだな』って、言ってたんだよね…」
名雪は懐かしそう言うと、オレの顔を見つめて
「…それ、思い出したの?」
「………」
オレも名雪の顔を見ながら、思い出そうとした。
名雪の顔を見ていると、そんなことがあったような…
でも…
「…思い出せない。」
「……そうなんだ。」
名雪はちょっと肩を落とすと、息を一つついて
「…祐一…どうして思い出せないのかな…」
「…さあ。」
オレも我ながら情けない。
たった7年前のこと、全く思い出せないなんて。
たった7年…
7年前の冬…
「…ヤバイ。」
ふと時計を見たオレは、思わず声をあげた。
「え?」
「…8時15分」
「…一生懸命走れば、たぶん、大丈夫だよ。」
頷く名雪。
でも、その顔は、さすがにさえない。
「…ともかく、走るぞ!」
「うん!」
オレたちはともかく、走り出した。
「…せっかくパンを半分で我慢したのに…」
「ていうか、オレが食ってやったんだろ!」
「うー、お腹が減って走れない…」
「だったら、もっと早く起きろ!だいたい、昨日、何時に寝たんだ?」
「8時だよ。」
「………」
「でも、足りないんだよ…」
「………」
オレはそれ以上しゃべる気になれなくなって、無言で走ることにした。
「…ねえ、祐一…」
そして、しばらく走った頃。
オレを追い抜いて前を走っていた名雪が、オレの方をちらっと見て
「今日、何か予定ある?」
「…あるわけないだろ。」
オレは切れてきた息でなんとか答えて
「どうかしたのか?」
「うん…わたし、今日、部活、休みなんだよ。」
「…それで?」
「だから…一緒に帰ろう?」
「…そうだな。」
別に断る理由もない。
「うん。約束。」
名雪はにっこり微笑むと、走りながらオレに小指を出した。
「…なんだよ。」
「…約束、だよ。」
どうやら、指切りをしようということらしい。
ニコニコしながら、オレの方に、冷えたらしい白い小指を立てて…
「…いいよ、そんなの。」
オレは無視して名雪を追い抜いた。
「…指切り、だよ。」
「…必要ないだろ、そんなの。」
オレはやっぱり無視して走った。
恥ずかしいから?
いや…そうじゃなくて…何となく…何となく…
「…祐一、待ってよ〜」
スピードを上げたオレを、名雪はあわてて追いかけてきた。
 

キンコーン
オレたちが教室に駆け込んだ時、ちょうど予鈴が鳴った。
「…ぎりぎりセーフね。」
席に急ぐオレたちに、もう自分の席に座っている香里がニコニコしながら
「いつまで続くか、それが問題だと思うけど。」
「…オレもそう思うぞ。」
オレは息が切れている息を整えながら、香里に何とか言った。
「…何か、ひどいこと言ってない?」
さすがに陸上部、ほとんど息の切れていない名雪が、オレと香里を見て不満そうに言うと
「だいたい、今日のは祐一のせいだよ。」
「…何でオレのせいなんだよ。」
「だって、祐一がパンを半分食べちゃうから。」
「…おかげで早く出れたじゃないか。」
「でも、そのせいでお腹が減って、早く走れなかったよ。」
「…これ以上早く走りたくないわっ」
「うんうん」
怒鳴ったオレに、香里がいかにももっともだと頷く。
「祐一のせいなのに…」
「お前が早く起きないからだっ」
「うんうん」
…なんか、香里とは気が合いそうな気がした。
「あー、みんな、席につけ〜」
とその時、担任がきて、オレたちはあわてて自分の席に座った
「あ〜、全員席につけ」
担任がすぐに朝のHRを始めた。
HRはどこの学校でも同じようなものだった。
何事もなく終了して、担任は出ていく。
…何事もなく、授業らしい。まあ、新学期じゃないから、そんなもんなのだろう。
でも…
「…オレ、教科書とか、ないぞ。」
「…そうなの?」
隣の名雪がオレを見て、ちょっと顔をしかめると
「わたしの、見せてあげようか。」
「…それは遠慮しとく。」
「…どうして?」
不思議そうに首をかしげる名雪。
…本気なのが恐い。
「…そりゃお前、机、くっつけることになるだろ…やだぞ。」
「え〜?昔はよくやったじゃない。」
「お、おい…」
声がでかい、名雪…
「…へえ…」
…香里がさっそく聞きつけたらしく、にやにやしながら
「…そうなんだ…」
「こ、子供の頃のことだっ」
「そんなに否定しなくていいのに…」
なおさらにやにやする香里。
そして…うんうんと頷く名雪。
って、名雪…お前のせいだろうが…
「ともかく、誰か他に見せてくれる奴はいないのか…」
オレはとりあえず話題をそらすべく、香里に言った。
香里は、考えることもなく、
「じゃあ、北川君に見せてもらえば?」
「…北川?誰だ、それ?」
「…おいおい」
と、オレの真後ろの席の男があきれた顔で口を挟んだ。
「俺だよ」
「…お前が北川?」
「昨日、わたしが教えたよ…」
名雪がちょっと困った顔。
「…オレは人の名前は一晩で忘れることに決めてるんだ。」
「変な決まりだな…」
その北川という男は、ちょっとあきれた顔をしたが、
「…で、教科書、見るんだろ?」
「おう。見せろ。」
「…まあ、いいけどな…」
北川は肩をすくめると、香里と名雪に振り返って
「…変な奴だな。」
「そうね。」
「…まあね…」
勝手なことを言っている奴ら。
オレは何か言ってやろうとしたが…

キンコーン

チャイムと共に先生の姿が現われて、とりあえずその場は解散となった。
 

ともかく、土曜日は4時間で終了。
「…うー、疲れた…」
オレは先生が去ると同時に、机に突っ伏す。
「…はあ」
北川は逆に椅子の背もたれに寄りかかると
「疲れたのはこっちだぞ。」
「…何でだよ…」
オレは顔を上げて、北川の顔を見た。
「…人の教科書に落書きするな。」
「気にするな。鉛筆だからすぐ消える。」
「そういう問題じゃないだろ…」
「退屈だったからな。」
「それはそうだが…」
「お二人さん、さっそく仲良くなったようね。」
振り返ると、香里が鞄を持って、にやにやしながら近くまできていた。
「オレはホモじゃないぞ。」
「誰がそんなこと言ったのよ。」
「お前だろ、香里。」
「…はあ。」
香里はため息をつくと、
「…4時間、大変だったでしょう、北川君?」
「ああ…結構な。」
「おいおい」
オレが何かを言おうとした時。
「祐一…」
と、今度は名雪が近寄ってきて
「一緒に帰ろう」
「…ぐはっ」
「…うんうん。」
言葉が詰まったオレに、香里が大きく頷くと
「仲良くお帰りね。」
「…そんなんじゃないぞっ」
「…誰もそんなの、信じないぞ。」
北川までそんなことを言う。
というか、普通、そう思うもんだろうな…
「約束だから。」
でも、名雪はニコニコしながら大きく頷くと
「さ、行こ」
「…名雪…」
オレは名雪の顔を見た。
名雪はニコニコしたまま、オレの顔を見つめて
「…さ、行くよ」
…懲りていなかった。
「オレも帰るけど…香里は?」
北川が鞄を持つと、香里に振り返った。
「わたしは…今日も部活よ。」
「…そうか。」
北川は立ち上がると、
「じゃあな、香里、水瀬さん…相沢。」
「誰が呼び捨てしていいと言った?」
「…面白くないぞ。」
そのまま、北川はちょっと手を振ると、教室を出ていった。
「…じゃあ、あたしも行くわね。」
「うん。じゃあね、香里。」
「ええ。じゃあね。」
香里も名雪に手を振ると、教室を出ていく。
気がつくと、教室はずいぶん生徒も残り少なくなっていた。
「…祐一。わたしたちも行こう。」
名雪は言うと、オレの鞄を取る。
「…おう。」
オレは立ち上がると、名雪から鞄をとって
「…どっか寄るか?」
「そうだね…」
名雪はちょっと首をかしげると
「とりあえず、商店街、行こう。」
「…そうだな。」
オレたちは人影もまばらになってきた教室から廊下に出た。
 

空は晴れ上がっていた。
昼の陽射しにわずかに雪が融け、道を濡らしている。
土曜日の商店街は、学生たちで賑わっていた。
「…ねえ、祐一?」
とりあえず前を歩いていたオレに、後ろの名雪の声。
「…ん?」
オレが振り返ると、名雪はオレの顔をニコニコしながら見て
「…お腹、空いてない?」
「…あん?」
オレは名雪の顔をまじまじと見た。
「ねえ、だから…」
「………」
…何となく、思い出した。
昔、同じ顔を見た覚えがある。
確か、あれは…
「…イチゴ、だろ?」
「え?」
名雪はビックリした顔でオレの顔を見上げると
「な、何のこと?」
「…いや、何でもない。」
「…何でもなくないよ」
名雪はにっこり笑った。
「何か、思い出した?」
「いや…イチゴのこと。」
「イチゴの…」
「秋子さんが留守の時、名雪がイチゴを一人で食べたいって頼んだ時のこと…」
オレを見上げて、ちょっともじもじしながら言った顔…
どうして急に思い出したのだろう。今朝は全く思い出さなかったのに。
この場所のせいだろうか?
それとも、今の名雪の顔が、あの時の顔とそっくりだったからだろうか。
名雪は年相応にずいぶん変わって、もうあの頃の面影はほとんどないと思っていたが…
「…思い出したの?あの時のこと。」
「…多分な。」
「……うん。」
名雪は笑いながら、大きく頷くと
「ほら、だんだん思い出してきた。」
「いや…下らないことだし。」
「下らなくないよっ」
名雪はきっぱり言い切ると、オレの顔を見ながら、2、3歩下がって
「…うん。だんだん、思い出してくるから。」
「そうかなあ…」
「そうだよ。」
まぶしい光を背に、名雪は大きく頷く。
そんな名雪の顔を見ながら、オレはもう少し、何かを思い出そうと…
「…あっ」
「…ん?」
「わっわっわっ!」
べちっ
背中に軽い衝突の感触。
「うー…痛い…」
振り返ったオレの前、小さな人影が横たわっていた。
またか…
あゆ?
…にしては、小さすぎる。
多分、知らない女の子。
「…痛いよ…」
「…大丈夫か?」
オレは少女に手を伸ばした。
「…あ、ごめんなさい…」
少女はオレの手を掴むと、よろけながら立ち上がった。
やっぱり鼻を打ったのか、鼻の頭が赤くなっていた。
見たところ、多分、小学生くらいだろう。
「鼻、ぶつけたのか?」
「…うん。」
少女は頷くと、顔にかかっていた肩までの髪を除けながら、痛そうな顔で鼻をこする。
ちょっと涙目だった。
「これ、使って。」
名雪が少女に近寄ると、しゃがんで少女にハンカチを差し出した。
「でも…」
少女は躊躇したが、名雪はにっこり微笑んで
「いいから。ほら。」
名雪は言いながら、少女の顔や髪についた雪を拭き取る。
少女はちょっと困ったような、恥ずかしそうな顔をして
「…あの…」
「ほら。持ってって。」
「でも…」
「…ね。」
名雪は言うと、笑いながら立ち上がった。
「…そうしろ。な。」
オレも少女に笑うと、背中の雪を払った。
赤いコートに、黒い鞄…
…白い羽。
少女が背負っている鞄に、白い羽が付いていた。
オレがこの街にきた日、出会ったあゆが背負っていた鞄と同じ白い羽…
「…ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん。」
少女は自分でコートの裾の雪を払うと、オレたちに微笑んでみせた。
ちょっと赤くなった鼻に、まだ涙の残る目で…
…なぜだろう。
どこかで見た気がする。
昨日のあゆの顔?
…いや、そうじゃない。
もっと前…誰か…誰…
「…ぶつかっちゃってごめんなさい、お兄ちゃん。」
気がつくと、少女がオレの顔を見あげていた。
「…オレも気をつけるべきだったよ。」
「うん。今度からは、そうしてねっ」
少女は大きく頷いた。
「おいおい、またぶつかる気か?」
「あ…えへへ。」
少女は頭を掻くと、ひょいっと頭を下げ
「どうも、ごめんなさいでしたっ。じゃあ」
振り返ると駆け出した。
「ホントに、気をつけろよ。」
「うん!」
少女は手を振りながら、商店街の向こうへと駆けていった。
やがて背中の白い羽が、人ごみの中に消えていった。
「…元気な子だね。」
「…ああ。」
振り返ると、名雪もニコニコしながら見送っていた。
オレはもう一度、少女の消えた商店街を眺めて…
そして、名雪に
「…で、何か言いかけてなかったか?」
「え?」
名雪は振り返ると
「何かって?」
「…それを聞いてるんだろうが。お腹がどうのこうのって。」
「……あ、そうだよ。」
名雪はポンと手をたたくと、オレを見上げて
「だから、何か、食べないって話。」
「…帰ったら、秋子さん、食事作ってるんじゃないのか?」
「ううん。お母さん、仕事だよ。」
「そうか…」
聞いてなかった。
そういえば、秋子さんの仕事って何なのだろう…
オレは名雪に聞いてみようと
「…なあ、名雪。」
「うん。」
名雪はオレに頷くと、さっさと商店街を歩きだす。
「…どこ行くんだ?」
「…え?」
名雪は振り返って
「だから、喫茶。」
「…何で喫茶なんだよ。」
「とりあえず、イチゴサンデー、食べようと思って。」
「…何がとりあえずだ…」
…イチゴパフェ?
確か…
「…って、百花屋に行く気か?」
「え?」
名雪はちょっと驚いたようにオレの顔を見た。
「祐一、百花屋、知ってるの?」
「…まあな。」
「へえ…すごいね。」
「…まあな。」
何がすごいのかわからないが、とりあえず頷いておく。
名雪は一人で納得したように頷いていたが
「じゃあ、行こう。」
「おいおい…」
別に同意したわけでもないのに、名雪はさっさと歩きだした。
オレは…
…まあ、別にあてがあるわけじゃなし、あそこにも普通の食べ物もあるだろう。
「…待てよ、名雪。」
オレはさっさと歩いていく名雪の後を追いかけた。
 

カランカラン
「いらっしゃいませっ」
入ったとたん、店に響く元気な声。
姿を見なくても、それが誰かは分かる。
「…よう、あゆ。」
「…あっ!」
オレの顔を見て、いきなり一歩下がるあゆ。
「おいおい…オレは客だぞ。」
「…うぐぅ」
あゆは悔しそうに言うと、メニューを抱えて寄ってきた。
「…いらっしゃい。」
「おう。」
「えっと…何人?」
「オレは一人だ。」
「…分かってるよっ」
「だったら、聞くなよ。分からない奴だな。」
「…うぐぅ」
「…祐一?」
オレの後ろにいた名雪が、言いながらオレの前にきて
「いったい…あれ?」
やっと気がついた名雪が、あゆの顔を見て声をあげた。
「…そう、そうだよ。」
「…何が。」
「このお店だったんだよ。顔、見たことあると思ったんだけど…」
「…あ、えっと…」
あゆはちょっとおどおどしながら
「は、初めまして。月宮あゆです。」
「…オレは知ってるぞ。」
「祐一君に言ってるんじゃないっ」
「…祐一。ちょっと、あゆちゃんに悪いよ…」
「そうだよっ」
あゆは声をあげると、名雪に笑って
「えっと…名雪さん、ですよね。」
「…うん。」
名雪は不思議そうにあゆの顔を見た。
「…どうして名前…?」
「えっと…祐一くんに。」
「オレは教えてないぞ。」
「祐一くん!」
「祐一!」
…二人に怒られた。
でも、実際、教えたということはないはずだが…
あゆは名雪の顔を見て、にっこり微笑んだ。
一方、名雪はあゆの顔を見て…
…ちょっと、不思議そうな顔…
「…あ、席、こっちにどうぞ。」
あゆは笑った顔のまま、オレたちを置くの席に案内する。
「おう。」
オレは後を歩くと、あゆの指す席に座った。
名雪も向かいに座る。
あゆはオレたちの前のテーブルにメニューを置くと
「じゃあ、注文が決まったら…」
「いや、もう決まってるから。」
「え?」
ビックリした顔のあゆに、オレは頷いて
「名雪は…いつものやつだ。」
「…あ、うん。イチゴサンデーだね。」
「え?」
頷くあゆに、名雪は顔を上げて
「…知ってるの?」
「うん。」
あゆはにっこり笑うと
「いつもそうですよね。ボク、知ってます。」
「…そう…」
「…で、オレはスパゲッティ。」
「…そんなの、ないよ。」
「え?」
スパゲッティくらい、普通あるだろ…
「…じゃあ、サンドイッチ。」
「…ないよ。」
「…嘘つけ。」
オレはあゆの顔を見た。
あゆは困ったような顔で、大きく首を振って
「このお店にはないんだよ。」
「…まさか」
オレは目の前のメニューを広げた。
…見事になかった。
昨日はちらっとしか見てなかったので気がつかなかったが…パフェとサンデーとケーキとジュースのたぐいだけ…
「…そういう店なのか?」
「うん。」
どうりで、女子高生ばかりだと思った…
「…じゃあ、コーヒー」
「…好きなんだね。」
「…違うわっ」
「あはは」
あゆは笑うと、カウンターのところへ駆けていった。
「…図られた」
オレはあゆの後ろ姿から、名雪の方に目を戻すと
「ここじゃ、マシな食べ物がないだろうが。お昼にならないぞ。」
「………」
「…名雪?」
見ると、名雪はあゆの後ろ姿をぼーっと見ていた。
「…おい…」
「…あ、う、うん。」
オレの声に、名雪はあわててオレを見た。
「なに、祐一?」
「…どうかしたのか?」
「…ううん。何でもないよ。」
名雪は言うと、オレの顔をまじまじと見て
「…あゆちゃんと…この間が、初対面だって言ったよね?」
「おう。」
「…本当に?」
「…おう。」
「……そうだよね…」
名雪は言うと、なぜか横の窓を見た。
窓の外は昼の商店街。
高校生らしい制服姿が、店に入ったりしながら歩いていくのが見える。
「…なのに…」
「…名雪?」
「………」
名雪は窓の外から、オレの顔へと目を移して…
「…何でもないよ。」
名雪は、笑った。
でも、なぜか、何となく浮かないような顔…
「…イチゴサンデーじゃ、まずかったのか?」
「ううん。それでいいんだよ。」
オレが言うと、名雪はあわてて首を振ると
「うん。楽しみだよ…」
…でも、やっぱり顔は…
 

「ありがとうございましたっ」
「…おう。じゃあな。」
ちょっと手を振ると、祐一くんは名雪さんと出ていった。
…はあ。
やっぱり、名雪さんってきれいだよね…
ボクと同じ年なんだよね…
髪も長くてきれいで…
…まあ、髪は、しょうがないけど…
「…はあ。」
「…あゆちゃん、ライバル登場?」
「え?」
振り返ると、香奈美さんがニヤニヤとボクを見ていた。
「な、何のこと?」
ボクが言うと、香奈美さん、ボクの背中をポンッと叩くと
「決まってるでしょ。あの男の子。他の子と一緒で、あゆちゃん、ショック!って感じ?」
「ち、違うよっ。あの人は祐一くんのいとこで、名雪さんていう人で…」
「ふーん。祐一くんっていうのか、あゆちゃんの彼氏。」
「…うぐぅ」
「…あははは。」
香奈美さんは笑うと、ボクの顔を見た。
「あゆちゃん。」
「…?」
「…いとこでも、多分…あの子…」
「……?」
「…ライバルは手ごわそうだぞ。わたしはあゆちゃんの味方だから…頑張りなよ。」
「ち、違うんだってばっ!」
「照れない、照れない。」
香奈美さんは笑って、時計を見た。
「…そういえば、今日、あゆちゃん…遅くてもいいの?」
「あ、えっと…」
ホントはそのつもりだった。いつも迷惑かけてるから、今日はきちんと働くつもりで。
だけど…
「…何か、今日の当番、熱、出したみたいで。」
「ああ、それで美衣子ちゃん、来てたんだ。」
「…うん…」
香奈美さん…見てたんだ。
「そうか…じゃあ、仕方ないね。」
「…ごめんなさい…」
「…気にしなくていいよ、あゆちゃん。」
香奈美さんは言って、ボクの肩をポンと叩いて
「ま、どうせ土曜の夕方からはそんなに忙しくないから。」
「でも…」
「…気にしなくていいって。あなたが一番のお姉ちゃん。でしょう?」
「……うん。」
だけど…いつも迷惑…
「…さ、仕事、仕事。ほら、3番のテーブル、イチゴサンデーが上がったわよ。」
「………」
「…あゆちゃん。仕事。」
「…はいっ」
ボクは急いで店長さんが置いたイチゴサンデーをお盆に載せて
「…お待たせしましたっ」
ニコニコ見ている香奈美さんの前を、テーブルに急ぐ。
…ごめんなさい、香奈美さん。
きっと、お返しするから。
ボクは心の中でそんなこと、思いながら
テーブルに注文のサンデーを置いた。
「ご注文のイチゴサンデーですっ」
この店自慢のイチゴサンデー。
…そういえば、美衣子ちゃんも…みんなも食べたいって言ってたっけ…
この間の誕生日のお礼、鞄だけじゃ悪いから…今度、おごってあげよう。バイト代が出たら。
…みんなじゃ、バイト代、なくなっちゃうかなぁ…
ボクはお盆を抱えてカウンターに戻りながら、そんなことを考えていた。

<to be continued>
-----
…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…ぼちぼち、話、進めるか。
「って、今までは何だったんですか?」
…さあ…何でしょう(苦笑)とりあえず、次は日曜日だから…まあ、ぼちぼち進展が。
「…毎日を書いていく気ですか?それで、どこまで…」
…いや、全部の日じゃないぞ。でも、とりあえず、序盤は…ね。

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