小さな天使の白い羽 (夢の降り積もる街で-6)


あゆSS。

シリーズ:夢の降り積もる街で

では、どうぞ。

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   優しい声が呼んでいる

   ボクの名前を呼んでいる

   振り向いて

   ボクは振り向いて

   そこには

   お母さん…

   …お母さん…

   ……お母さん…

   …違う…

   キミは…

   …キミは…
 

小さな天使の白い羽 (夢の降り積もる街で-6)
 

1月12日 火曜日
 

「…ねえ…」

「…お姉ちゃん!」
「……ん…」
ボクは目を開けた。
いつものベッドの上。
もう朝だ…
「…お姉ちゃんってばっ」
ゆさゆさ、ボクの肩を揺らしてる…
「……うん」
目をこすりながら、揺らしている手の方を見る。
「…おはよ、ミイちゃん。」
「おはよ、お姉ちゃん」
美衣子ちゃん、ミイちゃんがボクの肩を揺らしていた。
…いつものことだけど。
「今、何時?」
「7時半。」
「…まだ早いじゃないか…」
もう10分、寝てられたのに…
「もう…お姉ちゃん、忘れてるぅ」
ボクが目をこすって見ると、ミイちゃんはぷっと頬を膨らませて
「ハンカチ…アイロンかけてくれるって…」
「…あ、そうだっけ。」
ボクはあわてて起き上がった。
ミイちゃんに頼まれてたんだっけ。
「ごめんごめん…アイロンは…」
「あたし、おばさんに借りてきたよ…ほらっ」
ミイちゃん、得意そうにアイロンを持ちあげて…
「…わっ、み、ミイちゃん、危ないよっ」
「…ご、ごめんなさ〜い」
アイロンを両手で抱えて、ミイちゃんは息をつく。
「…あぶなかったぁ…」
「…それはボクのセリフだよっ」
ボクは笑って、ミイちゃんの頭をコンッと叩くと
「ミイちゃん、そそっかしいんだから…」
「…むー」
ミイちゃんは、また頬を膨らませて
「…お姉ちゃんほどじゃないよっ」
「なに言ってるんだよ、ミイちゃん。ボクは…」
「…一回洗ってもらったハンカチ、乾かすの手伝ってて…落としちゃったもん…」
「…そ、それは…」
「…だから、昨日もう一回洗ってもらって、今朝アイロンかけてもらうことになったんでしょ…」
「…うぐぅ」
あ、あれは不可抗力だもん…風が…
「…ミイちゃん…アイロンかけてほしくないの?」
「むー…お姉ちゃん、そういうこと言う?」
ミイちゃんはボクを見た。
頬を膨らませて…
「…じゃあ、コンセント、刺して。」
「うん!」
「熱くなるから、まわりに物、置いちゃダメだよ。」
「分かってるっ」
ミイちゃんはアイロンの準備をはじめる。
ボクは立ち上がると、とりあえず着替え。
ハンガーのブレザーを取って着替えながら、アイロンに触って見る。
「…あちっ」
温度は大丈夫。
ボクは昨日から部屋に畳んでおいた、ミイちゃんに頼まれてるハンカチを広げる。
白いハンカチ。
端に可愛い猫の柄。
「それで…その借りた人、見つかったの?」
ボクはそのハンカチにアイロンを掛けながら、ミイちゃんに聞いてみた。
「…ううん…」
ミイちゃん、前に座ってアイロンを見ながら、首を振って
「帰りに商店街、歩いて見てるけど…」
「えっと…あっちの高校のお姉ちゃんだっけ?」
「うん…制服がね…それで、髪が長くて…きれいなお姉ちゃん。」
「うんうん。」
「で…一緒にお兄ちゃんがいたの…変なお兄ちゃんだったな。」
「…お兄ちゃん?」
その話は、初耳だった。
「そんな話、この間はしなかったよ?」
「お兄ちゃんがハンカチ貸してくれたわけじゃないもん…雪、払ってくれたけど。」
「ふうん…」
「…優しそうなお兄ちゃんだったけどね。ちょっと口、悪かったけど。」
「…ふうん…」
優しそうで口が悪い…祐一くんみたいだね。
「…ボクもそんな人、知ってるよ。」
「…ふうん…」
アイロンを見ていたミイちゃんが、急にボクを見て
「…その人、お姉ちゃんの…恋人?」
「な、なに言ってるんだよっ!」
ドン
「うわっ」
「ご、ごめんっ」
へ、変なこと言うから…アイロン、落としちゃったよ。
ボクはあわててハンカチの皺を伸ばして、アイロンを掛け直した。
「…ねえ、お姉ちゃんってば…」
ミイちゃんは、ニコニコしながらボクを見てる。
「…ね、ホントは…恋人?」
「違うってばっ。別に…ただの…」
…ただの……
「ねえ…」
「…さ、出来上がりっ」
ボクはアイロンを置いて、ハンカチを持ちあげた。
「…うん。これで大丈夫。」
仕上がりを確かめて、ハンカチを畳んでミイちゃんに渡す。
ミイちゃんは、ちょっと不満そうにボクを見たけど、すぐにうれしそうにそれをポケットに入れた。
「ありがと、お姉ちゃん!」
「そのお姉ちゃん、見つけないとね。」
「うん!」
ミイちゃんは頷いた。
「今度は高校のそばで待っててみる。」
「…あんまり遅くまでいちゃダメだよ。危ないし…園のみんな、心配するからね。」
「分かってます!」
元気に頷くミイちゃん。
ボクは頷いて、時計を見た。
「そろそろ、朝ご飯に行かないとね。」
「あ、ホントだ。」
ミイちゃん、あわててたち上がると、廊下に飛び出して
「お姉ちゃんも早く〜早く来ないと、置いてくよ〜」
「…ミイちゃん…もうっ!」
ボクもアイロンのスイッチを切ると、廊下に飛び出した
 

「行くぞ、名雪。」
オレは表にさっさと出て、玄関を振り返った。
「うー、待ってよ〜」
名雪がドアに手を突いて、靴のつま先をトントンと鳴らしながら出てくると
「今日は時間があるから、急がなくてもいいよ。」
「そんなこと言って…昨日も途中で走るハメになったのは誰のせいだ?」
「あれは…わたしのせいじゃないよ。腕時計が遅れてたせいよ。」
「毎朝、合わせて来いよ。それくらい、常識だろ?」
「そんなのしてる人、聞いたことないよ…」
「オレはするぞ。」
「…祐一、腕時計してないよ…」
「……行くぞ。」
「わぁ、急に急がないでよ」
早足になったオレに、名雪はあわてて追いかけてきた。
近寄ってきた名雪の腕の時計を見る。
8時少し過ぎ。
昨日の今日で時間は合わせただろうから、確かに今日は時間に余裕があるらしい。
「いつもこのくらい、余裕があるといいがな。」
オレは足を緩めると、あたりを見回した。
今日も天気は晴れているが、例によって風は冷たい。
雪に覆われた街並み…
そろそろ見慣れた景色。
「…ねえ、祐一?」
まぶしくて目を細めながら見回していたオレに、名雪が急に顔をよせると
「…まだ思い出さない?」
「…何をだよ。」
「だから…このあたりの風景。」
名雪はオレの目をじっと見つめながら
「昔、よく歩いたの…思い出さない?」
「…全然。」
オレは首を振った。
実際、物珍しくはなくなっただけで…昔のことは、全く思い出せない。
オレが最後にこの街にいた、あの冬…
「…まあ、別にいいけどな。」
オレは肩をすくめた。
名雪はオレの顔をじっと見ていたが、
「…はあ」
ため息と共に、振り返ると早足で歩きだした。
「…どうしたんだよ。」
追いかけて、オレは名雪の顔を見た。
「………」
名雪はちらっとオレの顔を見たけれど、また足を緩めないで歩いていく。
オレも何も言わないで、名雪に合わせて歩く。
そのまま、数分間歩いたところで、名雪は立ち止まった。
そして、立ち止まったオレの顔を見上げた。
「…別に…いいんだ…」
「…え?」
「…祐一が、どうでもいいと思ってるなら…」
「………」
「…でも…」
言うと、名雪はオレの目を見つめた。
真剣な瞳。
雪の照り返しに、白く光る瞳…
オレは、名雪の目を見返した。
そして…
「…あっ」
「…?」
名雪の視線が、オレの後ろを見ていた。
オレは振り返って、その視線を追って…
…そこには、猫がいた。
向かいの家の塀の上、茶色い猫が寝そべって、あくびをしていた。
「猫さん…」
「………」
「…可愛いよ〜〜〜」
…名雪の目が、イッてしまっていた。
さっきまでの真剣な眼差しではなく、とろんとした表情で、じっと猫を見ていた。
「…そうか?」
オレが見たところ、別に普通の猫…というか、普通以上に可愛げのない猫に見えるが…
「…別に可愛くもな…」
「なに言ってるの、祐一!あんなに可愛いのにっ!」
キッとオレを見る名雪。
先ほどのような…いや、それ以上に真剣な眼差し。
「…猫さん…」
と、名雪はまた猫を見ると、とろ〜んとした顔に戻ると
「…わたし、行ってくる…」
「…どこへ?」
「猫さんのとこ…」
「…おう。行ってこい。」
オレはあきれながら、名雪に手を振って…

『クシュン、クシュン』
くしゃみをしながら、ぽろぽろ涙を流しながら…小猫を抱く少女。
『お前なぁ…猫アレルギーなんだろ?』
『だって…猫さんなんだもん!』
『なに言ってるんだよ。ほら、外に連れてくから…』
『ダメっ!ダメだよぅ…猫さん〜〜〜』
猫を引き剥がそうとするオレに、泣きながら必死で猫を抱えて…
三つ編みの髪が、連れて揺れていた…

「…名雪っ!お前、猫アレルギーじゃなかったか?」
オレは道を渡ろうとする名雪の腕を取った。
「そ、そうだけど…」
名雪はオレが掴んでいる腕を振りほどこうとしながら
「うー、ねこ〜〜ねこさん…」
「…バカッ!またくしゃみ、止まらなくても知らないぞっ!」
「うー……え?」
名雪はふいに驚いたように、オレの顔を見つめた。
「…祐一…思い出したの?」
「…あん?」
「わたしが…猫アレルギーだってこと。」
「ん…まあな。」
オレが頷くと、名雪はにっこり笑って
「…そうなんだ。」
と、オレを見上げてニコニコしながら
「…ほら、思い出してきてるよ。」
「…どうでもいいことだろ。」
「どうでもよくないよっ」
名雪は微笑んだまま、きっぱりと言うと
「昔のこと…少しずつ、思い出してきてるんだよ。昔のこと…」
「………」
「…わたしのことも、ね。」
名雪は言うと、ニコニコしながらまた目をむこうにやって
「…あれ?」
「…ん?」
名雪の声に振り返ると…
「…猫さん…」
猫は、もうそこにはいなかった。
「残念だったな。」
「うー…ねこさんが…」
本当に残念そうな名雪。
ついさっきの真剣な顔が嘘のような…
「…名雪…」
「ねこ〜〜〜ねこねこ〜〜〜」
「…時間、大丈夫か?」
「ねこ〜〜って…え?」
名雪はやっと気がついたのか、腕の時計を見た。
「…ちょっとまずいかな。」
「おいおい…」
「でも、大丈夫だよ…走れば。」
「…結局、今日もかよ…」
オレはため息をつくと、とりあえず走り出した。
「行くぞ、名雪!」
「あ、待ってよ〜」
名雪はもう一度、猫のいなくなった塀を見たが、すぐにあわててオレの後を追って駆けだした。
そのまま、駆け通してしばらく。
校門をくぐったところで、オレは立ち止まった。
さすがに息が揚がってしまっていた。
ともかく息を整えて…
「…おはよう、相沢くん。」
最近、聞きなれた声。
オレは振り返った。
「…おはよう、香里。」
「今日は間に合ったわね。」
「一応、まだ遅刻したことはないぞ。」
「…一応、ね。」
香里はにっこり笑った。
「…今日は早く出たんだけどな。」
「…なのに、どうして走ってきたの?」
「………」
オレは肩をすくめて後ろを…名雪を見た。
「…名雪?」
香里が名雪を見る。
…名雪は目をそらして
「…別に、何でもないよ。」
「………」
香里は名雪の横顔をじっと見ていたが
「…猫ね。」
「…うー」
…図星だった。
「…さすがだな、香里。」
「名雪が変にごまかそうとするのって、猫がらみが多いのよね。」
「なるほど…」
「…うー」
名雪は不満そうな顔で香里に向き直ると
「だって、猫さんなんだもん…」
「…猫さんって年か、お前…」
「年は関係ないもの。猫さんが可愛いだけだもの。」
「………」
オレは香里に振り返ると、香里は肩をすくめて
「…名雪、猫が関るとキャラクター変わるからね…」
「…確かに。」
オレは名雪の顔を見た。
香里も名雪の顔を見る。
名雪は、ちょっと頬を膨らませながら、オレたちを見て…
「…何やってるんだ、3人で。」
声に振り返ると、北川が立っていた。
「おはよう、北川君。」
「おはよう、香里、相沢…水瀬さん。」
「おう、北川。」
「…うー」
名雪は不満顔のまま、北川に向き直った。
北川はそんな名雪の顔と、オレたちの顔を交互に見て
「…何かあったのか?」
「…いや、な…」
オレが説明し書けた時

キンコーン

予鈴がなった。
「あ、急がなきゃ。」
名雪は真っ先に駆け出そうとする。
「…はあ。」
ここまで来て、遅刻にされてはたまらない。
オレもため息をつきながらも、とりあえず校舎に向き直る。
「…相沢くん。」
と、香里がオレの方をぽんと叩くと
「いいこと、教えてあげる。」
「…なんだよ。」
「…今日の一限、体育よ。」
「…マジか?」
オレは北川の顔を見た。
北川はにやにやしながら、大きく頷いた。
「ちなみに、今日は…マラソンだぞ。」
「…嘘だろ…」
「…まあ、恨むなら名雪を恨むのね。」
にやにやしながら言う香里。
オレは名雪を見た。
…名雪は既に遥か玄関まで走り去っていた。
「…はあ。」
オレは思わずため息をついた。
今日もハードな一日の始まりだった…
 

「…とりあえず、CD屋でも探すか…」
夕暮れ近くの商店街。
学校帰りの学生たちと、買い物の人々で、あたりは結構な人だかり。
オレはつぶやきながら、あたりを見回した。
別に用事があるわけでもなかったが、といって学校からまっすぐ家に帰っても、何もやることがない。
TVは民放が2局しかないし…ラジオも面白くないし…
新しいCDでも買うとするか…
…その前に、CD屋を探さなきゃならないけどな。
オレはとりあえず歩きながら、商店街を見回した。
ゲームセンター…コンビニ…肉屋…
…CD屋は見当たらない。
スーパー…電気屋…百花屋…
…百花屋。
オレは立ち止まって、ちょっと中を覗いてみた。
中は学校帰りの生徒たち…女生徒たちでいっぱいだった。
うちの学校…あゆの学校…
そして、その間をくるくる歩き回る…香奈美さん。
しばらく見ていたが、あゆはいないらしい。
昨日もちらっと覗いたが、あゆはいなかった。
多分、あゆは休日だけのバイトなのだろう。
…よく、そういうバイト、雇ってるもんだ…
「…あっ」
「……?」
小さな声。
オレは振り返って…
「わっわっわっ」
ドカッ
「うぐっ」
…見事に、みぞおちに衝撃。
思わず、その場に座り込む。
…目の前が暗くなる。
「…あ、あの…」
小さな、でも心配そうな声。
オレは何とか顔をあげて…
「…また、お前か…」
「…ごめんなさい…」
目の前に立っていたのは、前にもぶつかった少女だった。
「…この間のお返し、とか言わないよな…」
「そ、そんなつもりじゃないよ…」
あわてている少女。
オレは何とか痛みがおさまって、立ち上がると
「…今度は鼻、ぶつけなかったみたいだな。」
「え?」
「…鼻、赤くなってない。」
「…あ…うん。」
少女は心配そうな顔から、やっと笑顔になった。
オレも笑ってみせると、
「…気をつけろって言っただろ?」
「…うん。」
少女はちょっともじもじしながら
「気は付けてたんだけど…」
と、ふいにあたりをきょろきょろ見回した。
「…ねえ、あのお姉ちゃんは?」
「…お姉ちゃん?」
「うん。この間の、髪の長いお姉ちゃん。」
「髪の…ああ、名雪か。」
「なゆき…お姉ちゃんの名前?」
「おう。」
「ふうん…なゆきさん、かあ…」
少女は頷きながら、ポケットから何かを取り出した。
…白いハンカチ。
「…それ、あの時、名雪が貸した…」
「うん。」
少女は頷くと、オレを見上げて
「返そうと思って、探してたんだ。でも、なかなか会えなくて…」
「そうか…」
名雪は毎日、部活で遅いから、会えなかったのも無理はない。
仕方がない…
「…じゃあ、オレが代わりに受け取って、返してやるよ。」
「え〜〜」
ちょっと不満そうに言う少女。
…なんなんだ、その反応は。
「…オレが信用できないとかいう気か?」
「…そうじゃないけど…」
言った少女の顔は、しかし不審そうだった。
…ちょっと悲しいかもしれない。
「あのなあ…えっと…」
オレは少女に説明しようとしたが…
そういえば、名前も聞いてない。
「…お前、名前、なんて言うんだ?」
「…お前じゃないもん。」
少女はぷっと頬を膨らませた。
「それに、人に名前を聞く時は、自分から名乗るもんだよ。」
「…なるほど。」
一人前なことを言う少女。
オレは思わず笑いながら
「オレは、相沢祐一。で、この間のお姉ちゃんは、水瀬名雪といって、オレのいとこだ。」
「いとこなの?ふうん…」
少女はオレの顔をまじまじと見ると
「…似てないね。」
「…いとこだから似るってもんじゃないぞ。」
「…そうかな?」
「そうだっ。」
「…ふうん…」
少女はオレの顔をまじまじと見たが、すぐに微笑むと
「あたし、飯並(いいなみ)美衣子。みんな、ミイちゃんって呼ぶけど。」
「…なるほど。」
「うん。」
少女、美衣子ちゃんは頷くと、オレの顔を見ながら
「…でも…名雪お姉ちゃんに、直接返したいな…」
「…そう言ってもな…名雪、毎日部活で遅いから、美衣子ちゃん、なかなか会えないと思うぞ。」
「そうかぁ…」
美衣子ちゃんはちょっとがっかりしたように顔を落としたが、すぐに顔を上げた。
「…じゃあ、仕方がないね。お兄ちゃんを信用してあげる。」
「…それはどうも。」
「うん。」
美衣子ちゃんは頷くと、オレにハンカチを手渡して
「じゃあ、これ、お姉ちゃんに返して。」
「おう。」
「ミイがありがとうって言ってたって、絶対に言ってね。」
「分かった。」
オレが頷くと、美衣子ちゃんはにっこりしながら頷いた。
手渡されたハンカチは、美衣子ちゃんのポケットから小さなスカートの出てきたにしてはくしゃくしゃにもならず、きちんと折り畳まれていた。多分、しっかりアイロン掛けがしてあるらしい。
「…これ、洗った?」
オレが聞くと、美衣子ちゃんは得意そうに頷くと
「もちろん!洗って返すのは、当然でしょ?」
「まあ…でも、洗って、アイロンかけたの、美衣子ちゃん?」
「えっと…ううん。違うよ。」
美衣子ちゃんはあわてて首を振ると
「お姉ちゃんにしてもらったの。」
「お姉ちゃん…」
オレは美衣子ちゃんの顔を見た。
美衣子ちゃんは頷くと、
「ホントはね、借りた次の日には洗ってもらってたんだけど…お姉ちゃんがせっかく洗ったのに、地面に落としちゃって。で、また洗い直しになって、今朝、アイロンかけてもらったんだ。」
「…ふうん…」
何やら、ちょっと頼りないお姉ちゃんらしい。
「なんか…よくそういうこと、あるのか?」
「まあね…」
美衣子ちゃんはちょっと笑った。
「…そんなにいつもじゃないけど…時々。」
「ふうん…」
「…でも、美衣子、お姉ちゃん、大好き。」
いきなり、脈略もなく言う美衣子ちゃん。
顔を見ると、ちょっと真面目な顔だった。
多分、オレがにやにやしているので、お姉ちゃんのことを思ったに違いない。
オレはあわてて空を見あげて、ニヤニヤ顔を元に戻す。
美衣子ちゃんはそんなオレを、じっと見ていた。
…お姉ちゃんか…
多分…名雪だったら、そういう手間を取らせたことを気にするだろう。
何か、お返しでもしよう…そう思うに違いない。
「…そうか…お姉ちゃんが好きか、美衣子ちゃんは…」
オレは百花屋のウインドーを見た。
ケーキが並んだウインドー。
食べていくだけではなく、もちろんお持ち帰りもできるケーキ。
…お礼に買って渡すか…後で名雪に代金を出させて…
「…お姉ちゃんは、ケーキは好きか?」
オレは振り返ると、美衣子ちゃんの顔を見た。
美衣子ちゃんはパッと顔を輝かすと、
「うん!大好きだよ。」
「そうか…」
「あたしもねっ」
…この子の分も買わなきゃならないか…
「だからお姉ちゃん、たまにあたしや他の子に、ケーキ買ってきてくれるんだよ!そういう、みんなのこと考えてるとこが、あたし…」
「…他の子?」
オレは美衣子ちゃんの顔を見た。
「…他の子って?」
「うん!園の、他の子。」
「…園?」
オレの問いに、美衣子ちゃんはハッとしたように口をつぐんだ。
そして、オレの顔をじっと見た。
オレは美衣子ちゃんの、オレを見つめている目を覗きこんだ。
しばらくオレを見たまま黙っていた美衣子ちゃんは、やがてちょっと寂しそうに笑った。
「…あたしたち、両親がいない子のための…園だよ。」
「………」
「愛育園っていうんだけど。」
そこまで言うと、美衣子ちゃんはとっておきの笑顔になって
「そこのお姉ちゃんたちの中で、一番大好き…お姉ちゃんが。」
「……そうか。」
オレはようやく言って、美衣子ちゃんの頭をぐりぐり撫でた。
「…いや〜〜ん」
美衣子ちゃんは困ったように、顔にかかる髪をよける。
背中の鞄の白い羽が、美衣子ちゃんが動くのに連れてパタパタとはためいた。
あゆが背負っていたのと同じ、羽付きの黒い鞄。
このへんで流行っているのだろうか。
「…ちょっと待ってろ。」
オレは美衣子ちゃんの頭から手を離すと、美衣子ちゃんに言って百花屋に入った。
「いらっしゃいませ〜」
オレの姿を見て、香奈美さんがやってきた。
「…あ、祐一くん、いらっしゃい。一人?」
「そうだけど…」
「あゆちゃんだったら、土日だけよ。今日は…」
「あ、そうじゃないから。」
オレはあわてて手を振って
「ねえ、香奈美さん。」
「うん?」
「ここ、クッキーみたいなもの、ある?」
「クッキー?」
「うん。テイクアウトできるやつ…」
ケーキを一人…二人分だけ持って帰るわけには、美衣子ちゃんもいかないだろう。
多分、そのお姉ちゃんも、二人だけで食べるのは望まないだろうし…
「クッキーっていうか…こういうのだけど。」
香奈美さんは言うと、ウインドーの中の一角を指差す。
そこにあったのは、チョコのチップが載った、ビスケットのような、クッキーのようなものだった。
「それだけかな?」
「ええ。」
値札を見る。
…他のケーキに比べれば格段に安い…でも…
20個くらいでいいかな?だとしても…
オレは自分の財布を覗いた。
「…20個、箱に入れてくれます?」
「20ね?」
香奈美さんは頷くと、百花屋の名前入りの箱にきれいにそれをつめ込んだ。
そしてフタを閉めると、包装紙に包む。
「リボン、付ける?」
「…一応。」
くるくると手慣れた手つきでリボンを縛ると、香奈美さんはオレに向き直って
「えっと…消費税込みで、1800円ね。」
「…はい。」
「あ、箱の値段はサービスにしておいたわ。」
「…あはは、どうも。」
…大きな出費だった。
「じゃ、また来ます。」
「あら、もう帰るの?」
首をかしげる香奈美さんに、オレは苦笑しながら
「はあ。じゃあ…」
「ええ。またね。」
手を振る香奈美さんを背に、オレは百花屋を出た。
美衣子ちゃんはさっきのところで、ぼんやり立っていた。
夕日を浴びて、背中の白い羽がオレンジ色に染まっていた。
「…美衣子ちゃん。」
「…え?」
美衣子ちゃんはオレの方を見ながら、ちょっと頬を膨らませると
「お兄ちゃん、いったい…」
「…悪い悪い。ちょっと、野暮用で。」
「野暮用って、どんな用?」
「…ははは。」
オレは苦笑しながら、美衣子ちゃんに箱をさしだした。
「これ…お姉ちゃんにあげてくれるか?」
「…え?」
「いや…2度の洗濯と…アイロンがけのお礼だって。」
「え?」
美衣子ちゃんはオレの顔を大きな目で見ると、あわてて手を振って
「そんなこと…」
「…いいから。名雪、そういうの、気を使うタチだから。こうしとかないと、オレが叱られる。」
「…叱られるの?」
美衣子ちゃんはオレの顔を見つめた。
背中から当たる夕日で、美衣子ちゃんはシルエットのように見えていた。
「…ああ。ああ見えて、名雪、怒ると恐いんだ。」
「そうなんだ…」
納得したように頷く美衣子ちゃん。
…うそも方便だからな、名雪…
「ああ。だから、持ってってくれ。」
「…うん。分かった。」
美衣子ちゃんは頷くと、箱を手に取った。
そして、うれしそうにオレを見上げると
「…中身、さっき言ってた…ケーキ?」
「…さあな。」
「あたしの分も、あるかなぁ?」
「…さあ、どうかな。」
「…うー」
ちょっと振ろうとする美衣子ちゃん。
「おいおい、振るなよ。」
オレはあわててとめると
「…多分、美衣子ちゃんの口にも入るよ。」
「ホントに?」
パッと顔を輝かす美衣子ちゃん。
オレは微笑んでみせて
「…ああ。お姉ちゃんだったら、きっと分けてくれるよ。」
「…うん。そうだね。」
美衣子ちゃんは頷くと、箱を両手で抱えた。
「…さ、もう日が暮れるから、帰りなよ。」
「あ、うん!」
美衣子ちゃんは頷くと、オレに手を振って
「じゃあ、バイバイ、お兄ちゃん。」
「おう。じゃあな。」
「うん!」
美衣子ちゃんは箱を抱えたまま、商店街を駆け出した。
背中の鞄の羽が、オレンジ色に染まって、揺れながら…
「…あ、お兄ちゃん!」
ふいに美衣子ちゃんは振り返ると、大きな声でオレに
「…今度から、あたしのこと、ミイちゃんって呼んでもいいよっ!」
にっこり笑った顔。
オレンジ色に染まって…
「…おう!」
オレが手を振ると、美衣子ちゃんも手を振り返して…
オレンジ色の空…
手を振って…
駆けていく少女…
…デジャヴというやつだろうか。
なぜか懐かしいような…
オレは美衣子ちゃんの姿が商店街の奥に消えるまで、ぼんやりと見送っていた。
何かを思い出しそうで…
何かを…
オレの忘れている何か…
 

でも、何も思い出せなかった。
 
 

「お姉ちゃ〜〜〜ん」
ドタドタドタ
勢いよく駆けてくる足音。
着替えの手を止めて、ボクはミイちゃんが入ってくるのを待った。
「…あ、今帰ってきたんだ?」
思ったとおり、美衣子ちゃんが部屋に飛び込んできた。
ちょっと赤い顔で…箱を抱えている。
どっかで見たことあるような…
「…どうしたの、ミイちゃん。」
「うん!」
美衣子ちゃんは興奮した顔で頷くと、そこにちょこんと座りこんだ。
「あのね、今日の、ついさっきまでね、お兄ちゃんと話してたの。」
「…お兄ちゃん?」
ボクは部屋着に着替えて、ミイちゃんの前に座る。
「どのお兄ちゃん?」
「ほら、今朝も言ってたお兄ちゃん!」
「今朝?」
…ああ、ミイちゃんがハンカチを借りた、お姉ちゃんと一緒にいたっていう…
「で、お姉ちゃんにハンカチ、返したの?」
「ううん。」
ミイちゃんは大きく首を振って
「お姉ちゃんには会えなくて。でも、お兄ちゃんに頼んだから。」
「そう…」
「で、お礼も頼んだから。」
「…ふうん。」
「…でね、お姉ちゃん」
と、ミイちゃん、急にボクに寄ってきた。
「…でね、その…お姉ちゃんに、お礼、預かってきたの。」
「お礼?」
ミイちゃん…それは…
「…ダメだよ、それは。」
「え?」
「だって、そうだろ?ミイちゃんが悪いのに、お礼なんて…」
「で、でもねっ」
ミイちゃん、あわてて箱を持って
「二度の洗濯と、アイロン掛けのお礼だからって…」
「…ミイちゃん」
何でそんなことまで言うんだよ…もう…
それじゃあ、ボクがまるで…
「…でも、それだって…」
「あ、あたしも断ったの。断ったんだけど、持ってってくれないと自分が叱られるからって、祐一お兄ちゃんが…」
「……え?」
…今、ミイちゃん…なんて言った?
祐一って…
「…ミイちゃん…」
「…うん?」
「…そのお兄ちゃんの名前…」
ボクが聞くと、ミイちゃんは、にっこり笑って…
答えた。
「うん。祐一お兄ちゃん。相沢祐一っていうんだって。」
相沢祐一…
…間違いないよ…ね…
で、でも…
「…でね、そのお姉ちゃん…水瀬名雪っていうんだって…でね、そのお姉ちゃんに叱られるからっていうから、あたし、もらってきたんだよ。でね…」
「……ミイちゃん…」
自分でも、声、かすれてるのが分かった。
それに…ちょっと、震えてる。
「…ね、ミイちゃん…」
「…うん?」
ミイちゃんがボクを見ている。
ボクは…ミイちゃんの顔を、見て…
「…その…お兄ちゃんに、園のこと…話した?」
ミイちゃんは、ちょっと躊躇しながら、頷いた。
「……うん。」
「…ミイちゃん…」
「で、でもね、お姉ちゃん。あたし、思わず言っちゃったんだけど、でも…」
「…ミイちゃん…」
「…でも、お兄ちゃん、『そうか…』って頭なでて、で、このお礼、買ってくれたんだよ。」
「…ミイちゃん…」
「で、でも、その…お姉ちゃんが言うみたいな、その…同情とか、そういう感じ、しなかったよ。別に、だからって、口、悪かったし、それに…」
「………」
「………」
ミイちゃんは、目を伏せた。
ボクは…
…ミイちゃん…ボクは…ボクは別に…
ただ…世間はね…ボクは…
………
ミイちゃん、顔を伏せたままだった。
ボクは…
「…うん。そうだね。」
ミイちゃんの頭を撫でる。
「…ごめんなさい。」
ミイちゃんは、顔を上げた。
ちょっと涙が目に浮かんでいた。
「…別に、ボクは叱ったんじゃないよ。ただ…」
「…うん。分かってるから。あたしのため…なんでしょ?」
「………」
ミイちゃんのため…
…そうなのかな。ホントは…そんなこと…
ボクは…
…ボクはミイちゃんに笑ってみせた。
ミイちゃんは、にっこり笑った。
「でね、この、お礼なんだけど…」
「…うん」
ボクはミイちゃんの持っている箱を見た。
…あ、これ、百花屋の…
「…お姉ちゃんにお礼なんだけど、お兄ちゃん、ミイも食べられるって言ってたんだ。だから…」
「…うん。じゃ、開けようか。」
祐一くん…ケーキでも買ったのかな。
でも…ボクとミイちゃんだけ食べるわけにもいかないし…
もしもそうだったら…なんて言えばいいかな、ミイちゃんに…
ガサガサ
ボクもたまに包む包装紙を開けて、百花屋のロゴ入りの箱を開けると…
「…あ、クッキー!」
「………」
中からは、百花屋のビスケット。
ひい、ふう、み…20個。
「これだったら、みんなで食べられるねっ!」
「…そうだね。」
…これ、結構、高いのに。
これだけで…1800円するのに。
「はい、お姉ちゃん!」
ミイちゃん、さっと自分の分とボクの分、もう持ってる。
ボクは黙って、ミイちゃんからビスケットをもらった。
「うん、おいしいねっ」
もう食べはじめているミイちゃん。
甘さ控えめで、でもおいしいんだよね、このビスケット…
…ボクはビスケット、祐一くんの買ってくれたビスケットを、見て…
「…ミイちゃん。」
「…うん?」
ミイちゃんはビスケットを頬張りながら、ボクを見上げた。
「…ミイちゃん、その…ボクの名前、その…お兄ちゃんに、言った?」
「え?」
「だから、その…あゆお姉ちゃんとか、そんな言い方とか…その、ボクの名前…」
「…う〜ん…」
ミイちゃんは、ちょっと考え顔になる。
そして、それから首を振った。
「…ううん。お姉ちゃん、って言って、名前は言ってない。」
「…ホントに?」
「…うん。」
「絶対?」
「…えっと…うん。絶対。」
「……そう…」
じゃあ…祐一くんは…知らない。
まだ…ボクが…ミイちゃんと一緒な園にいることを…
まだ…知らない。
「…ミイちゃん。」
「…うん?」
ミイちゃんは、ビスケットをもう食べ終わって、まだ欲しそうに箱を見ていた。
ボクはミイちゃんに、持ってるビスケットを差し出して
「…これ、あげる。」
「…え?」
「ボク…いいから。ミイちゃんにあげるよ。」
「え…でも…」
ちょっとビックリしているミイちゃん。
ボクは、頷いて
「…あげるから。」
「…うん。」
ミイちゃん、ビスケットを受け取った。
ボクはミイちゃんの顔をながら
「…ねえ、ミイちゃん。」
「…うん。」
「ボク…ミイちゃんにお願い、あるんだよ。」
「…うん。なあに?」
「ミイちゃん…今度、そのお兄ちゃんに会うことがあったら…」
「…うん。」
「…会うことがあっても…」
「………」
「…ボクの名前、出さないでほしいんだよ。」
「…え?」
ミイちゃん、不思議そうな顔。
「そうしてくれる?」
「…お姉ちゃん?」
「…そうして。お願い。」
ミイちゃん、ボクの顔を不思議そうに見つめて…
「…うん。」
頷いた。
「…お願いね。」
「うん。」
言うと、ボクのあげたビスケットをかじった。
…これでいい。
祐一くんは…まだ知らないんだから。だから…
………
…知らないから…なんなんだろ?
別に…恥ずかしく思ってるわけじゃない…
そんなこと、思ってないんだから…
なのに、何で隠すような、そんなこと…
そんなこと…
「…ミイちゃん、ごめん。」
「え?」
急に言ったから、ミイちゃん、ビックリしてる。
「さっき言ったこと、取り消し!」
「え?え?」
「だから…ボクのこと、黙っててって言ったこと。そんなの、必要ないから。だから…」
「…うん。」
「…だから、別に気にしないで、いいよ。いいからね。」
「……うん。」
ミイちゃん、ビックリした顔のまま、頷いた。
…驚いたよね。
でも…そうだよね。
別に恥じゃないし…隠すこと、ないもんね。
うん…いいんだよ。それでいいんだから…
「…お姉ちゃん…あたし、部屋、戻るね。」
気がつくと、ミイちゃん、ビスケットを食べ終わっていた。
「…うん。」
ボクが頷くと、ミイちゃんはビスケットの箱を指差して
「…これ、お姉ちゃんのだから…」
「…後で、みんなにボクが配るよ。」
「うん!」
ミイちゃんは頷くと、立ち上がった。
「じゃ、夕食まで、部屋に行くね。」
…そういえば、まだ夕食前だった。
なのに、ミイちゃん…ビスケット二個も食べて…
「…ミイちゃん。」
「うん?」
ボクは立ち上がったミイちゃんを、ちょっとにらんで
「…これで夕食食べないなんて言ったら…ダメだからね。」
「…言わないよぅ」
ミイちゃんはあわてて首を振る。
背中で、白い羽が揺れて…
ボクが誕生祝いのお返しにあげた鞄、ミイちゃん、家の中でもしてるから。
白い羽…
白い、雪…
雪…
ボクを見て、笑って…
たい焼き、あげて…
一緒に食べた…
祐一くん…
キミは…
…キミも…
「…ミイちゃん!」
「え!?」
廊下まで言ってたミイちゃんが、振り返った。
ちょっと驚いてる顔、見ながら、ボクは…
「…やっぱり、黙ってて。」
「え?」
驚いているミイちゃん。
ボクは、立ち上がって、ミイちゃんのところに行く。
「…祐一くんに、ボクのこと…言わないで。」
「…お兄ちゃんに?でも、さっき…」
「何度も、ごめんね。でも…今度のが、ホントだから。…やっぱり言わないでおいて。もしも会っても。」
「…うん。」
「…ボクが、もう言っていいよって言うまで。その時…まで。」
「…うん。でも…別に会わないかもしれないよ?」
「うん…会わなかったら、それでいいから。会っても…言わないでね。ボクが…いいって言うまで。」
ボクを見上げるミイちゃんの目。
ボクはじっと見て…
「…うん。分かった。」
不思議そうな顔のまま、ミイちゃんは頷いた。
「…ごめんね。」
「…ううん。」
ミイちゃんは、小さく首を振った。
そして、ボクを見て
「…でも、お姉ちゃん、ちょっと…変だよ。」
「……そう…だね。」
確かに、変だね。
ボクもそう思う。思うけど…
「…もうちょっとしたら、夕食だよ。」
「…わかってるよ、ミイちゃん。」
「うん。」
ミイちゃんは笑うと、廊下を駆けていった。
背中の白い羽が、パタパタ揺れていた。
揺れながら、廊下を駆けて、曲がって、消えた。
ボクは部屋の中に戻ると、座ぶとんに座りこんで、ビスケットの箱を見た。
百花屋の箱。
祐一くんの…買ってくれた…
…祐一くん。
ボクは…
うん。
言おう。ボクの口から。
ボクがこの園にいること。
ボクのこと。
今度会ったら、その時は。
言おう。
 

ボクは百花屋の箱を見ながら、思っていた。

<to be continued>

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…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…長いよ。オレの今までで最高かも。
「真琴の『恋はいつだって唐突だ』を越えてます…でも、前書き、後書きの分もありますから、同じくらいでは。」
…どうりで…昨日1時間、今日…4時間かかってるんですけど(苦笑)純粋に書いてた時間じゃないけど…予想の倍掛かってると思ったら…
「あたり前ですね。予定の1.5倍の長さですから。」
…はぅ…でも、今週中にどうしても次回を書いてしまいたくて。ともかく、次回まで書けば…あとはまたしばらく、間をおいてもいいと思うから。書けると思うから。だから…
「…とりあえず、寝ましょう。風邪をおしてこんなに書いて…明日、休んでも知りませんよ。」
…うーむ…それは悪魔のささやきだね(爆)

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