Girl meets Boy 後編

(夢の降り積もる街で-21)

あゆSS。

シリーズ:夢の降り積もる街で

では、どうぞ。

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Girl meets Boy (夢の降り積もる街で-21) 後編
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ボクは
 

ボクはそこに
その場所に
立って
 

白い雪の中
森の中にぽっかり空いた広場
その真ん中に大きな大きな
大きな切り株の前
見つめていた
見つめて
 

会いたいと思った
会いたくないと思った
もう二度と
ボクは
 
 

でも
 
 

言いたいこと
何かを言いたくて
聞きたいことがあって
ボクは聞きたくて
 

なのに
何も言えないで
何も言えなくて
ボクは
 

立っていた
森を出たところで
昼の陽射しが照らす広場
その端に出たところで
ボクは
 
 

立っていた
立って

見ていた
その人を
ボクは

見ていた
見てた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

見ていた
オレは見つめながら

オレが待っていた
天使の小さな姿
オレを見つめて立っている
オレの待っていた
 

オレは待っていた
ずっと待っていた
だけど

何を言えばいいのか
何を言おうか
ずっと考えて
ずっとずっと考えていた
オレは考えていたはずなのに
なのに

オレの口は
 
 
 
 

「……よう、あゆ。」
 
 
 
 

オレの口はそう言っていた。
あゆの顔を、その姿を見ながら、思わず苦笑していた。

あゆは真っ白な息を吐きながら、オレを見つめて立っていた。
多分、走ってきたのだろう…顔が赤くなって、息はまだ荒かった。
そして、その頭には…多分、途中で頭の上に雪が落ちてきたのだろう、天使の輪の代わりに白い雪をかぶって…コートや足まで雪と泥で汚れて。

オレはそのいかにもあゆらしい、でも情けない姿に思わず笑いながら
 

「………遅いぞ、あゆ。」
 

「……うぐぅ」
 

「…あんまり遅いから、そろそろ帰ろうかと思ったぞ。」
 

「………」
 

「……ったく、前に言ったあれ、嘘だったのか?『ボクは人を待たせたりしないよっ』って言った…あの言葉。」
 

「………」
 
 

オレは口を閉じた。
そして、黙っているあゆの顔を見つめた。
あゆは…
 
 

「…そんなこと、言ったって…」
 
 

あゆは大きく息をした。
そして、オレの顔を見上げるように見つめて
 
 

「……時間、書いてなかったよ。」
 
 

「………そうだっけ?」
 
 
 
 
 
 

「そうだよ。それに…場所も書いてなかったじゃないか…」
 
 
 
 
 
 

「………」
 
 

ああ、そうだ。
オレは場所も時間も書かなかった。
それは…
 
 

「……そうだった。それは…悪い。」
 

「………」
 

「………」
 
 

あゆは黙ってオレを見ていた。
オレもそれ以上、何も言わなかった。

言うべき言葉はある。
だけど、どう言えばいいのか、それが見当たらなくて
ただ黙って
オレは
 

「………これ…」
 
 

あゆは口を開くと、ポケットから何かを取り出した。
そして、それを広げてオレの方に見せた。
 
 

「……どういう、意味?」
 

「……これって?」
 

「………この、手紙。これって、どういう意味……?」
 
 
 

オレはあゆの広げている紙を見た。
少し濡れているのか、皺になっている手紙。

中に書いた言葉もその意味も
オレには分かっていた
見るまでもなく
一字一句まで覚えていた
それを書いた意味も
そこに書かなかった
書けなかった言葉も
 

オレは
 
 

「……そこに書いてある、そのままさ。お前、字、読めないのか?」
 

「…読めるよっ!でも…」
 

「……だったら…」
 

あゆは首を振った。
そして、オレの方に一歩、足を踏みだした。
 
 

「……この…忘れ物って、何なの?」
 

「………」
 

「大事な忘れ物って…」
 
 

あゆはオレを見ていた。
その大きな目で
 

忘れ物
大事な忘れ物
 

オレが書いたのは、そんな言葉だった。
オレが書けたのは、そんな言葉で

オレは
 

「……『あなたの大事な忘れ物を預かっています。どうか取りに来てください。待っています。』……」
 

「…そうだよ。だから…ボク…」
 

あゆは言いながら、小さく頷いた。
頭から雪が、小さな音をたてて落ちた。
肩までの髪を揺らし、雪が落ちて
 

「……ああ、そうだったな。じゃあ…」
 

オレはポケットに手を突っ込んで、中に入れておいたそれを取りだした。
そして、その手をあゆの方に伸ばして
 

「……ほら。大事な…忘れ物。」
 

「………」
 

「…大事なものなんだろ?落としたりするなよ。ほら。」
 

「………」
 
 

あゆはオレの顔と、オレの手の上の物…白いリボンを見た。
大きな瞳で、ゆっくりと見つめて
 
 

「………それ…だけ?」
 

「………」
 

「……そんなの…そんなこと、言いたくって…ボクを呼んだの?こんな手紙、書いて…それ、ボクに返したくって…こんな…」
 

「………」
 

「……それだけじゃ…ないでしょ?それだけじゃ…」
 

「………」
 

「……だって…」
 
 

あゆはオレを見上げた。
その大きな瞳で
 
 
 

「…その後の…『P.S 』って…その後、何も書いてないのって、いったい…」
 
 
 

オレを見つめて
あゆの瞳が
オレを映して
揺れて
 
 

オレは
 
 
 

オレは空を見上げた。
真っ青な空。
ここだけ大きく広がった、空を見上げた。
 
 

「……ここに、大きな大きな…大きな木が、あった。7年前…あったんだよな。」
 

「………え?」
 

「…見上げても、てっぺんも見えないほど大きな木が…」
 

「………」
 

目の端に、あゆの見上げる姿が映っていた。
大きな瞳でぼんやりと、空を見上げるあゆ。
まぶしい冬の陽射しに、何度か瞬きをしながら
でもオレは
でもあゆは
空を見上げて
 

「……オレは好きだったよ。」
 

「……え?」
 

「オレは…大きな木が好きだった。ここに立っていた、大きな木が…それを見上げるのが好きだった。枝に積もった雪が真っ赤に染まる夕暮れも、夕陽に染まった木も、雪も、そして…」
 

「………」
 

「………その枝に座って、いつも遠くを見ている…いっつも見ていた女の子が……好きだったんだ…」
 

「……祐一、くん…」
 

「…オレは…好きだったんだ…」
 

静まり返った森の夕暮れ
見上げても空さえ見えない大きな大きな木
真っ赤に染まった雪
真っ赤に染まった枝の上に座って
じっと街を見ていた少女
じっと見つめて

オレは見つめていた
いつも見上げていた
真っ赤に染まった少女の顔
真っ赤な大きな瞳
 

オレは少女の顔を見た。
いまだあの頃の面影の残る少女の顔
あの頃と同じ大きなその瞳
オレを映して揺れる瞳を
オレは
 
 

「……あの冬…7年前、冬休みに遊びにきたこの街で…出会った、小さな少女だった。商店街で、泣きながらオレにぶつかってきた…そんな、バカみたいな…出会いで。何も言わない…なんにも自分の事を言わないで、泣いてばかりいる女の子だったけど…」
 

『……分かんない』

それしか言わないで
オレを見上げて
その大きな瞳を濡らして
オレを見上げていた
それしか言わない

言えなかった少女が
 
 

「オレは好きだった。好き、だった…」
 
 

好きだった
一緒に食べたたい焼き
一緒に見た夕暮れ
一緒にいた
いつも一緒に街で遊んでいた
頭の白いリボンを揺らして
オレの手を握りしめていた少女
 

オレは好きだった
そんな少女の顔を
夕暮れに染まる大きな大きな木の上で
わずかな風にリボンを揺らしながら
ぼんやり遠くを見つめている少女
そんな少女の顔を見上げているのが好きだった
そんな少女の顔

きっとこの世に天使というものがいるとしたら
ひょっとしたらこんな顔をしているのじゃないかと思うほど
そんな少女の顔が
真っ赤に染まった横顔が
振り向いて
 

オレを見て
 

笑った顔が
オレは
 
 
 

『……祐一くんっ』
 
 
 

オレは
 

好きだったのに
 
 
 
 
 

「………だけど、その子は…この木から落ちた。大きな大きな、大きな木から、オレの目の前で…オレのせいで、落ちた。オレの…せいで…」
 
 
 
 

『……あゆっっっっ!!!!』
 
 

『ゴトッ』
 
 
 

目の前を
伸ばした手の先を
白い少女のリボン
白い雪

 

真っ白な雪
真っ白なリボン

真っ赤に染まっていく
染めていく赤い
紅い
 

オレの腕
真っ赤に染めながら
少女は
 
 

目を
二度と
 
 
 

「………死んだかと思った。死んだと思った。オレが殺したと…思った…」
 

「……祐一、くん……」
 

「……オレは…少女にあげたかった。欲しいと言ってた人形…天使の人形を、渡したかった。冬休み最後の日…だから、その人形をあげて、そして、また来るって、また遊ぼうって…また会って、一緒にいよう…そう、言いたかったんだ。そう言いたかったのに…」
 

「………」
 

「……オレは…」
 
 

今も思い出せない
それからどこをどう歩き
何をしたのか
どうしていたのか
あゆがどうなったのか
あの日のことは全て
あの瞬間から後のことは何も

何も
 
 

「……死んだと思った。オレが殺したんだって。オレが…大好きな少女のことを、オレが殺したんだって…オレは…だから、オレは…」
 
 
 

苦しくて
悲しくて

何もかもが悲しくて
何もかも
この冬も
この街も
何もかもが

オレは
 
 

「……そんな時、オレは…もう一人の少女に、会ったんだ…」
 

「……もう、一人?」
 

「……ああ。そして、その少女に、オレは…その言葉に、オレは…」
 

「………」
 

「オレは…」
 

「……知ってるよ。」
 
 

あゆはオレの顔を見ながら頷いた。
確かに、頷いて
 

「……名雪さん…だよね。」
 
 

「………」
 
 

「………祐一くん、名雪さんと、約束したんだよね…」
 
 
 
 

約束
 

オレは約束した
約束した
名雪と
オレは
 
 

オレはあゆの顔を見つめた。
大きな瞳をのぞき込んだ。
あゆは
 
 

「……聞いたんだ。ボク…香里さんに…」
 

「………そうか…」
 

「……うん…」
 

あゆはまた頷いた。
そして、大きく白い息を吐いた。
 

「祐一くん…名雪さんと、天使の人形に、誓って…」
 

「………」
 

「……ボク…少女のこと、忘れられたら、この街に帰ってきて、人形を燃やす…」
 

「………」
 

「…でも、忘れられなかったら…この街に帰ってきて、人形を、祐一くんに…」
 

「……そう。」
 
 

そう
それが約束
あの冬の夜の約束
名雪との

三つ編みの少女
頭に積もった白い雪
ぼんやりと街灯に浮かんだ白い顔
 

『……約束、だよ…』
 

頷いて
涙に濡れた瞳
オレのために流している涙に濡れた顔
三つ編みの少女に
オレは
 

頷いて
 

頷いた
あの夜
オレは
 
 
 

「……だから……」
 
 

オレは目を閉じた。
小さく息を吸い込んで
目を閉じて
 
 
 

「……人形を、燃やしたよ。」
 
 

「……え?」
 
 

「…オレは…忘れたから。あの少女のこと。その約束のおかげで…オレは忘れていいんだって、忘れろといってくれた気が…して。」

「いや、オレは忘れたかったんだ。オレが大好きだった少女を殺したこと。オレの好きだった少女が…死んでしまったこと。オレの目の前で、オレに手を伸ばしていたのに…オレには届かなかった、オレは助けることができなかった…それも、オレのために落ちた、大好きだった少女のことを…オレは…」
 
 
 
 

「忘れてしまった。だから…燃やした。人形を。約束の、天使の人形を…」
 
 

「………」
 
 

「オレは…燃やしたよ…」
 
 
 

オレは
 
 

燃える炎を
燃えていく人形を
燃えて
灰になっていく人形を
それを見ている少女を
思い出して
 

かつて三つ編みだった
その面影もほとんどない
でも
少女を思い出しながら
 
 

「……燃やした…よ……」
 

「………」
 

「………燃やした……」
 
 
 
 

「……それが…結論?」
 
 
 
 
 

「……え?」
 
 

あゆの言葉に、オレは目を開けた。
あゆはオレの顔を見つめていた。
真剣な顔で、オレを見上げながら
あゆは小さな、かすれた声でもう一度
 
 

「……それが…結論?」
 

「………」
 

「……祐一くんの…名雪さんの、結論、なんだ…?」
 

「………」
 
 

結論

オレと名雪の
名雪が求めていた
オレに出してと言った

結論
 
 
 

「……ああ。」
 
 

オレは頷いた。
あゆに小さく頷いて
 
 

「……それが…結論…だよ。あの冬の夜の…あの約束の。オレと、名雪の…結論。」
 
 

「………」
 
 

「オレは…遅れてしまったけど、こんなに遅れてしまって…あいつを泣かせてしまったけど、でも……」
 
 

「………」
 
 

「……あの約束の、オレを救ってくれた約束の…それが、結論だよ。」
 
 

オレは頷いた。
黙ってオレを見つめるあゆに、オレは頷いて
そして
 
 

「……だから、ごめん…」
 

「………」
 

「………オレは、謝らなきゃいけない…謝りたかったんだ。あの…冬の日に出会った少女に…」
 

「………祐一くん…」
 
 

オレはつぶやいているあゆに
オレを見つめているあゆに
その大きな瞳に
小さく頭を下げて
 
 

「…オレは、忘れてしまったから…あんなに好きだった少女のこと。ホントに好きだったのに…なのに、忘れてしまったから。忘れて…」
 

「………」
 

「…そして、あげようと思ってた人形を…燃やしてしまったから。あげようと思って…そのために、少女を落としてしまうことになったのに…なのに、その人形をあげないで、燃やして…しまったから…」
 

「………」
 

「だから……」
 
 

「……そんなの…」
 
 
 

あゆは
小さく
小さく
口を
 
 
 
 
 

「…そんな…そんなこと、ボクはっ」
 
 
 
 

「聞いてくれっ!」
 
 
 
 

叫んで
オレはまっすぐあゆを見て
その瞳を見つめて
オレは
 
 
 

「……聞いて、くれ。これは…これだけは、言わなきゃいけないから。オレは謝りたい…謝らなきゃ、いけない…謝りたかったんだ。このことだけは…オレは…」
 

「………」
 

「オレは…大好きだった少女を、自分のせいで木から落としてしまったこと…そして、そのことを忘れて、全部忘れてしまっていたことを…謝りたい。謝らなきゃいけない。どうしても謝りたかったんだ。それだけは、謝りたかったんだ…」
 

「………」
 

「…それだけだよ。それは…言っておきたかったんだ…」
 

「………」
 
 

オレは口を閉じた。
あゆを見つめた。
あの冬の少女
オレが好きだった
大好きだった少女
その面影の残る顔を
見つめて

オレは
 
 
 

「……そんな…」
 
 
 

あゆは
 
 
 

「………それが…言いたかったこと…なの…?」
 
 
 
 

あゆの顔
オレを見つめる瞳が

あゆの震える肩
わずかに震えた体
その大きな瞳
オレを映して
濡れて
揺れて
 

あゆは
 
 

「……そんなこと、言うために…こんな手紙書いて、ボクを…こんなとこに呼んだのっ!」
 
 

あゆの声
叫んだあゆの声
木々に響いて
 

「…そのために…そんなの聞くために、ボク…ここまで来たのっ!こんな…」
 

あゆは腕をあげると、手袋をした手で顔をぬぐった。
融けた雪と…濡れた顔をぬぐおうとした。
でも、その手袋が泥で汚れていたのだろう、雪だけではなく泥まで鼻の頭について
泥と雪で汚れたコートのあゆは
 
 

「…色々…捜して…ここに来るのにも、何度も転んで…こんな、どろどろになって、やっと…なのに、そんなこと…」
 

「………」
 

「…そんなこと…言いたくって、こんな手紙書いたの?そんなこと…言うためだけに、ボクを呼んだの?そんな…」
 
 
 

「…そんなこと、ボク…どうでもいいのにっ!ボクは…」
 
 
 

あゆは叫んだ。
オレに叫んだ。
ぬぐった目から大粒の涙を落としながら
真っ赤な瞳でオレを見つめて
オレを見つめながら
あゆは
 
 
 

オレは
 
 
 
 

「………」
 
 

「……祐一くんっ!!」
 
 
 
 

あゆの声
木の枝から雪が落ちる音
まぶしい昼の陽射しの中で
オレは
 
 
 

オレは
 
 
 
 

「………違うよ。」
 
 
 

オレは首を振って
あゆの瞳を見つめたまま
首を振って
 
 
 

「……それを…言いたかった。それは、ホントだよ。でも…」
 
 

「……でもっ!?」
 
 

「……でも…それだけが言いたかったわけじゃない。それだけを言いたくって、ここで待ってたんじゃないよ。そんなことが言いたかったから、そんな手紙を書いたわけじゃない。そんなことが書きたくって、オレは…」
 
 

「………」
 
 

「……でも」
 
 

オレは空を見上げた。
明るい、青い空を。
来た時は真っ暗だったここから見える空
でも、今はもう昼の陽射しがまぶしく輝く空を
オレは見上げて
 

「…あれしか、書けなかったんだ。オレには…」
 

「……祐一くん…」
 

「書こうと思った。考えていたこと。ずっと考えてたこと。オレは…」
 
 

オレはあゆの顔を見た。
あの冬の少女の面影の残る
でもあの冬の少女よりも少し大人になった少女の顔を
あゆの顔を見つめながら
 

オレはオレの思いを
オレの思ったことを
オレの言いたい
オレの書きたかった
書けなかった思いを
口にしていた
 
 

「……オレは、思いだしてから…あの冬の、あの雪の中、あの…お前のこと、思い出してから、ずっと…」

「…考えていたんだ。お前に…オレが殺したと思った少女に、オレは…何が出来るのか…何をしたらいいのか…どんなことをしたら、オレの罪…オレのつぐないが出来るのか、それを考えてた…ずっと…」
 
 

「……つぐない…」
 
 

あゆの肩がぴくりと揺れた。
オレを見つめるその顔に、赤みが昇るのが見えた。
そして、あゆは口を開けると
 

「…ボクは…」
 
 

「……でも、それは…間違いだった。」
 

オレはあゆに向かって、首を振った。
あゆの言葉に覆いかぶさるように、オレは言葉を続けた。
 

「オレは…間違えてた。そんな、悩んで…何かをしようと、何かをしなきゃいけない、お前に…名雪に、何かをしてやらなきゃって、そんなことを考えて、悩んで、苦しんで…」

「でも、オレが苦しむだけなら自業自得なのに、そうして自分だけ悩んでいる気になって、お前を…名雪を、傷つけ、苦しめてるってこと、そんなことにすらオレは気がつかなかったんだよな。いや、気がついていたのに、目をそむけてたんだ…」
 

「……祐一くん…」
 

「……そうやって、オレはお前たちを…そして、周りの人たち…香里、秋子さん、香奈美さん、ミイちゃん…みんなを傷つけて、苦しめてたんだよな。オレは…」
 

「……そんなこと言ったら…」
 
 

あゆはつぶやくように言った。
そして、オレの顔を見上げると、小さく首を振った。
 

「…ボクも、そうだよ」
 

「………」
 

「ボクも…みんなを…」
 
 

「………」
 

「……ボクが…」
 
 
 
 

「……オレたちが、だよ。そう、オレたちが…自分を、そして、みんなを…」
 
 

「………」
 
 
 

あゆは黙ってオレの顔を見上げていた。
昼のまぶしい光の中、目を細めもせず
瞬きもせずにあゆは大きな瞳でオレを見つめて
 

オレは
 
 

オレは大きく息を吸った。
空を見上げた。
真っ青な空を見上げて
 
 
 
 
 

「……だから、それを…終わりにしようと思ったんだ。」
 
 
 
 

「……終わり…?」
 
 
 

「…ああ。」
 
 

あゆのかすれた声。
オレは空を見上げたまま頷いた。
頷いて
オレは
 
 

「…終わりにしようと…思った。オレの出せる結論を…出して…」
 
 
 

「……結論…?」
 
 

「……オレのできること。オレのするべきこと。オレは何が出来て、何が…したいのか。オレはどうすればいいのか…その、結論を出そうと思ったんだ。オレは…オレの…」
 
 

「………」
 
 

「……そして、最初から考えた。全部考えた。オレに何が出来るのかって。何をすればいいのかって。オレは考えた。もう一度、考えてみたんだ…」

「……そしたら、分かったんだ…何が出来るのか…オレに何がしてやれるのかなんて、そんなことを考えること自体、思い上がりだってことが。何をすべきなのか、そんなことは誰にも、本当は誰にも分からないことだってことが。そして、オレは…オレには、本当はできる事は、一つしかなかったんだってことが…」
 
 

秋子さんが言ったように
何度も言ったように
オレ達は弱い
本当に弱いから
だから
いつも泣きながら
いつも悩みながら
だけどどうしても
思うのは
願うのは
してしまうのは
オレたちにできる事は
 
 

「……たった、一つだけ、だったよ。オレができる事は…オレがしたい…言いたいことしかないってことが。そして、それは、たった一つだけ…」
 
 

オレはあゆを見た。
オレのかつて知っていた
今も知っている
小さな少女
あゆを見つめながら
 
 

「…オレの結論は、たった一つだったよ。」
 
 

「……一つ…」
 
 

「ああ。一つだけ…ホントに単純な、ホントに簡単な、それは…たった一言で言えるような、ことしかなかったんだ。オレが…本当にしたかったことは。オレが本当に言いたかったことは。オレに言えることは…その一言だけしかないってことに、オレは…やっと気がついたんだ。だから…」
 

「…だから、手紙に書こうと思った。書くのは簡単だと思った。たった一言…最後に書けばいいと思った。それで、もういい…それだけでいいと思った。でも…」
 

「書けなかったんだ。どうしても、手紙には書けなかった。書いてしまうには、あんまり簡単で、あんまり単純で…たった一言だったのに…だったからこそ…書けなかったんだ。だから…」
 
 

『P.S 』の後
いや、手紙全体を
オレは何度も書き直し
オレは何度も書いてみて
だけど
 
 

「…だから、あんな手紙を書いた。」
 

オレはあゆをまっすぐ見た。
オレをまっすぐ見ているあゆの瞳を見つめた。
真っ白な雪の中
泥に汚れて
でも真剣にオレを見ているあゆの顔を見つめながら
 

「だから、お前を待ってたんだ。待って…待ちながら、オレは…お前が来るのをずっと、ずっと、待ってた。あんな変な手紙で…お前が来てくれたら、それでも来てくれたら、そしたら言おうって…本当に言いたいこと、言おう…その時は、言っていい…言いたい…言わなきゃって思った。だから、そんな手紙を置いて、だから、ここで待ってたんだ…」
 
 
 

「………だったら……言ってよ…」
 
 
 

あゆは言った。
泥に汚れた顔
真っ赤になった瞳
オレを見つめながら

その瞳にオレの姿
大きな瞳に映したまま
オレに
 
 
 

「……それ…言ってよ。祐一くんの…言いたいこと。あの手紙に書けなかった…こと…」
 
 

「………」
 
 

「……言ってよ。それを聞くために、ボク…来たんだよ。きっと…ボクは…」
 
 
 
 
 
 
 

「……ああ」
 
 
 

オレは頷いた。
あゆに頷いた。
オレを映す瞳に
頷いて
 
 
 
 
 

「……でもな、ずっと…考えてたんだ。お前が来たら…どう言おうかって。言いたいことは、たった一つ…それは分かってたけど、だけど、何て言ったらいいのか…なんて言ったら、分かってもらえるか…なんて言ったら、格好がつくか…かっこいいセリフや、シャレたセリフを、ずっと考えてたんだ。昨日の晩から、オレ、ずっと…考えてたんだぜ。考えてたのに…」
 
 

「……祐一くん…」
 
 

「……なのに、笑っちまうよ。何も思いつかないんだ。そんなこと、考えようとしても…頭に浮かぶのは、お前の笑ってる顔や、お前の泣いている顔…お前の顔ばっかり浮かんでくるんだ。どんなかっこいいセリフも、素晴らしいセリフも浮かばないで、ただ、お前の顔ばっかりで…」
 
 

「……祐一くん…」
 
 

「……だから…なんにも浮かばなかった。ずっと考えてたのに…」
 
 

「……言ってよ…」
 
 

「……きっと、お前、笑うかもしれない。いや、怒るかもしれないな。きっと、そうだと思うんだ。だって、お前はもう…」
 
 
 
 
 
 
 

「………言ってよ、祐一くん」
 
 
 
 
 

あゆは言った。
大きな瞳を揺らして
オレを映している瞳
濡れた赤い瞳が瞬きもせずにオレを見つめて
見つめて
 

あゆは
 
 
 

「………言って」
 
 
 
 
 

オレは
 
 
 
 

大きく息を吸った。
冷たい冬の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

そして
 
 
 
 
 

あゆの瞳を見つめながら
オレは
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……オレは、月宮あゆが、好きだ。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…………」
 
 

あゆのため息が聞こえた。
あゆは大きく目を見開いて、大きく息を吸い込んだ。
 
 

「………嘘でしょ?」
 
 

あゆは言った。
つぶやくように言って
オレの顔をじっと見つめて首を振った。
 
 
 

「……そういう、嘘は…」
 
 

「……嘘じゃないよ。」
 
 

オレは言った。
首を何度も振った。

あゆはそれでもオレを見つめながら
その瞳を揺らして
揺れて
 
 

「つぐない…でしょ?ボクのこと、あの時に怪我させたから、だから…」
 
 

「……違うよ。」
 
 

「何が違うのっ?だって…」
 
 

「オレは…この冬、あの駅の前で出会った、変な白い羽の鞄を背負って、白いリボンを頭につけていた…月宮あゆっていう女の子が、好きだって言ってるんだ。」
 
 

「……でも…」
 

「…変な奴だなって、最初は思った。それから、何度か会ううちに、ちょっと面白い奴だって、気になりだして…」
 

「………」
 

「……そして、いつの間にか…そいつはオレの中に住むようになった。どこかで会った気がする…確かに、それは思ってた。でも、そんなのはきっかけでしかなくって、何度も会ううちに、オレに全てを打ち明けて、笑って、泣いて…そんな女の子のことを、オレは好きになってた。オレは…月宮あゆを、好きになってたんだ。そして、それからあの少女のこと、そしてそれがその女の子だってこと…思い出して、そして、オレは…」
 

「でも、今ははっきり言える。オレが好きなのは、あの冬の少女じゃない…今、この街に住んでる、小さくて、いつも元気な、でもちょっとドジで、頭に白いリボンをいつもつけてる…でも、いつも園のこのことを心配してて、自分のこと、後回しにしてしまう、本当は優しくて傷つきやすい女の子…あゆって少女が…好きなんだ。ただ…それだけが、オレが言いたいことで、オレの…言えることだったんだよ。ただ…それだけなんだ…」
 
 

それだけ
それだけがオレの言いたいこと
オレのできること
オレの結論だから

オレの
 
 

「……オレが言いたかったのは…それだけだよ。それだけ…聞いてほしかったんだ。それだけ、言いたかったんだ…」
 

オレの言いたいこと
言いたかったことを
それだけしか思いつかなかったことを
全部
言いたくて
言って
 
 

オレは空を見上げた。
それ以上、あゆの顔を見ていられなかった。
オレを見ているあゆの顔
オレの大好きな少女

でも
 

『嫌い…祐一くんなんて…大嫌いだ!大嫌いだよっ!!』
 
 

もう
 
 

『……だいっ嫌いだっ!!』
 
 
 

きっと

いや

もう
 
 
 
 
 
 

オレは
 
 

「…だから、言いたかった…これだけ、言えただけで…いい…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

喉が詰まって
 

言えなくて
 
 
 

オレは見上げるフリをして目を閉じた。
空を見上げるフリで目を
 
 
 
 

もうちょっとだけ
もうちょっとだけ時間をくれないか
そしたら
 

これだけはかっこよく言いたかったのに
笑って言いたかったのに

『呼び出してごめん』って
『来てくれてありがとう』って

『じゃあな』って
『元気でな』って
笑って
 

笑って言うから
それだけは言おうと思って
笑って言おうって
思って
 
 
 

思ってたのに
 
 

なんで最後までオレは
どうしてオレは
 
 
 

オレは
 
 
 
 
 

目を閉じて
涙が出ないように
きっと笑って
笑う
 
 
 
 

オレは
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…………!」

ドカッ
 
 
 

何かが
誰かがぶつかる感触
 

オレの胸に何かが飛び込んできた。
勢いをつけて飛び込んできた
 
 
 

「……ずるいよっ」
 
 
 

小さな体
小さな震える声
わずかに体を震わせて
暖かい体を震わせながら
 
 
 

「……そんな言い方…ずるいよ…」
 
 
 
 
 

「………ああ…」
 
 

見下ろして

見上げる大きな瞳
オレの顔を映して
オレの顔だけを映して
揺れている
濡れた瞳をオレは見下ろして

オレを見上げて
あゆは
 
 

「……そんな言い方されたら…ボク、なんにも言えないじゃない…」
 
 

「……ああ…」
 
 

「…なんにも、言えないじゃないかぁ……」
 
 
 

「………ああ…」
 
 

それ以外、何も言えなくて
オレはただあゆの顔を見つめて
オレを見上げているあゆの顔
真っ赤な瞳でオレを見上げているあゆの顔を見つめたままで
 
 
 

「………ごめん…」
 
 

「……謝らないでよぉ…」
 
 

「………」
 
 

あゆは首を振った。
小さく、でも確かに振って
 

オレは
 
 

「……じゃあ…なんて言ったら…いいんだ?」
 
 

オレの言葉。

あゆはまた首を振った。
何度も首を振って
大きな瞳でオレを見上げたまま、首を振って
 
 

「………なんにも、言わないでよ。もう…」
 
 

「………ああ…」
 
 

「……だって…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…ボクも、好きだよ…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレの腕の中で
小さな体が
あったかくて
 
 
 
 
 
 
 

「…昔のことなんて、どうだっていいんだよ。もう、ボクは…ただ…」
 
 
 

「好きだよ…ボク、祐一くんが…好きだよぉ…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

見上げるあゆの瞳
揺れて
濡れて
真っ赤な瞳をオレは見つめるだけで
 
 

もう何も言えなかった。
もう何もいらなかった。
それ以上、何も
オレは
 
 

オレは
 
 
 

確かに抱きしめた
オレの大好きな少女
その小さな体でオレをせいいっぱい抱きしめている
オレの大好きな少女をオレは抱きしめて
 

見上げている瞳
オレの顔を映した瞳
その瞳をあゆは
 

ゆっくりと閉じた
閉じた瞳に
泥で汚れたその顔に
その唇に
オレは
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレはそっと
顔を

そっと
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………?」
 
 

ちょ、ちょっと…
 
 
 

「……ゆ、祐一くん…」
 

「………」
 

「……お、重い…よ…」
 

「………」
 
 
 
 
 

「……きゃうっ」

どさっ
 
 
 

…痛たたた…
 

ボクは閉じてた目を開けて、祐一くんを見上げた。

うぐぅ…
て、てっきり、ボク…祐一くん、キ…キスしてくるのかって思ったよ…
なのに…
 
 

「…もう、祐一くん…ふざけないでよっ!」
 

いきなり、祐一くん、よりかかってくるんだもん…
もう…切り株の上、思いっきり倒れちゃったじゃないかっ
うぐぅ…お尻、痛い…
 

「……もう、ふざけないでよっ!祐一くん!!」
 

「………」
 

「……ねえったらっ!」
 

祐一くん、そのまま、ボクの上、覆いかぶさって…
……なんか、すごい格好かも…
 
 

………
 
 
 

……って、なんにもしないの?
こんな格好で…
 
 

…って、そうじゃなくってっ
えっと…
 

「重いってば、祐一くん!」
 

ボク、なんとか祐一くんの体を膝の上にどけた。
祐一くん、ボクの膝に頭を載せたまま、何も…
 

「……ねえったらっ!ねえ…」
 

ちょっと…重いよ…?
祐一くん?
 
 

……祐一くん?
 
 

祐一くん、なんにも言わない…
身動きもしないで、ただボクの膝の上…
 

…え?
これ……
 

……えっ!?
 
 

「…祐一くんっ!ねえ、どうしたの?ねえっ!?」
 

ボク、祐一くんの頭を持ち上げた。
祐一くんの顔を見た。

祐一くんは黙ってた。
目を閉じたままで
そして…
 
 
 
 

「…祐一くん?ねえっ!どっか…悪いの?どっか…どうしたの!?ねえっ!!」
 

「………」
 
 

「ねえったら!祐一くんっ!ゆういちくんっっっ!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……く〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

…祐一くん、眠ってた。
小さな寝息をたてて、ぐっすり眠って…
 
 
 

はあ。
びっくりしたよ、もう…

でも、そう言えば祐一くん、昨日一晩、ここで待ってたんだね…
きっと眠らないで、ずっと待ってたんだよね…ここで…
…この場所で…
 

ため息をついたら、やっぱり息は白かった。
でも、お日さまはぽかぽか、暖かくって…

少しくらいなら、眠ってても…大丈夫だよね?
まだ陽は高いし…それに、ボクがいるんだから…

…うん
少しだけなら、眠ってても…
 
 
 

祐一くんの寝顔
ちょっと笑いながら眠っている祐一くん
ボクはその顔を見ながら、ちょっとうれしかった。
なんでか分からないけど…うれしくなって。

思わず、笑った。
そして、空を見あげた。
真っ青な空。
大きく広がった空をボクは見あげて
 

昔は見えなかった
大きな大きな、大きな木があって、見えなかった空
真っ青な空をボクは
大きな大きな、大きな切り株に座ったまま
祐一くんの頭を膝に載せたまま
見上げて
 
 

考えていた。
祐一くんが起きたら、最初になって言おうか…って。

ホントにボクで…いいの?
ホントにボクのこと…ホントに?
そんなことを聞きたい気持ち、まだ少しは、ないわけじゃないけど
だけど
 

幸せそうに眠っている祐一くんの寝顔を見ながら
真っ青な空を見上げながら
 

そんなことはもういいから
そんなこと、やっぱり聞かなくてもいいから
だから
 

なんて言おうかな?
なんて言ったら…
 
 
 
 
 
 

    『祐一くんっ!』

    『…なんだ、あゆあゆ』

    『…うぐぅ。ボク、あゆあゆじゃないもん…』
 
 
 
 

    『………あははは』
 
 
 

ボクは考えていた…
 
 
 
 
 

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