花たちの舞う街に

(夢の降り積もる街で-Epilogue)


あゆSS。

では、どうぞ。

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   花が舞っていた。

   青い空いっぱいにピンクの花が

   空を染めるように舞っていた。

   降り積もった雪の消えた街で

   降り積もった夢の融けた街で

   ボクは…
 

花たちの舞う街に (夢の降り積もる街で-Epilogue)
 
 
 

「……遅い…」
 
 
 

「う〜…遅いよ」

ボクは辺りを見回して、思わずため息をついた。
もう、すっかりあたりは…春。
暖かな陽射しは、そろそろ傾いた頃。

…そんなに待ってるわけじゃない。
最初から、この時間に待ち合わせたんだけど…だけど…
待ち人…来たらず?
うぐぅ…違うよね…いつものことだし…

「…ふぅ」

もう一度、ボクはため息をついて空を見上げる。
晴れ上がった、青い空。
雲一つない空に…小さな白い物が、ちらほら舞って…

桜の…花。
このところずっと天気だったせいで、満開になった花びらが、風に載って当たりにひらひら、舞って落ちている。
なんだか…街がピンク色の絨毯を敷いたみたいで、ボク…大好きで。
だから、ボクはそんな花びらをぼんやり見つめながら…
 

「……よう、不審人物。」
 

ふいに、肩を叩かれる。
振り返ると…
 

「だっ、誰が不審人物っ」
「……お前。」
「なんでだよっ」
「なんでって…」

見上げると、ボクを見下ろしている人。
待ち合わせた人は…今日もボクを見て、にやにや笑いながら

「…小学生がこんなところで、一人でいるからだ。」
「小学生じゃないもんっ」
「…またまた。お嬢ちゃん、嘘はいけないよ、嘘は」
「違うっ!ボクは高校生っ!祐一くんと同じ、17才だよっ」
「……それが不審だろ。」

祐一くん、ますますニヤニヤしながら

「だいたい、もうすぐ18才になろうって奴が、頭にそんな大きな白いリボンをしてるってのが…どう考えても不審だぞ。」
「……うぐぅ」

…そ、そういうこと、言うわけ?
ボクは祐一くんの顔、キッとにらみ返して

「…そんなこと言って、遅れたのごまかす気でしょ、祐一くん?」
「……うっ」

祐一くん、ちょっと顔をしかめると、小さく首を振った。

「……そんなことはないぞ。」
「……10分以上、遅刻だよっ」
「……そうか?」
「そうだよっ!ほら、時計を見てよっ!」

ボクが指差した、駅前の時計は…見るまでもなく、約束の時間を15分ほど回りかけていた。
祐一くんはちらっと時計を見たけど、すぐに肩をすくめた。

「…いや、一応、出る支度をした時点では、間に合うはずだったんだけどな…」
「……だったら、なんでっ」
「……いや、出ようと思ったら、名雪がな…」
「……名雪さん?」

ボクが聞くと、祐一くん、手にした紙の袋をボクにさしだして

「ああ。名雪が、オレがお前に会うって言ったら、だったらこれを持っていけって…」
「……ふうん…」
「…言うから、しょうがないから待ってたら…あいつ、自分の部屋に戻って、それ持って来る前に一寝入りしそうになっててな。」
「………」
「…何か遅いから…行ってみたらその調子だったんで、あわてて叩き起こして、なんとかもらうもんだけ持ってきたんだけど…」
「………はあ…」

名雪さん…あいかわらずなんだね。
思わず、笑いながらその紙袋を受け取る。
そして、中を見ると…

「……あれ?これ…」
「…エプロン?」

それはエプロンだった。
確かに、ボクのエプロンなんだけど…でも…

「……また使うかもしれないから、置いておくっていったのに…」
「……マジか?」
「……うん。」

ボクが頷くと、祐一くん、がっくりしてため息。

「……あいつ…言った時点で既に寝てやがったな…」
「…あははは」
「……はあ」

思わず、ボクが笑うと、祐一くんはため息をつきながら、紙袋とボクの顔を見て

「……にしても…何かおかしいよな。」
「…え?」
「だって…」

祐一くん、首をかしげると

「…名雪、おまえに…時々、料理習ってるから…だから、エプロンがあるんだろ?」
「うん。」
「それがおかしいんだよな…」
「……なんで?」

ボクは祐一くんの顔、じっと見つめると

「…ボクの料理の腕に関しては、祐一くんもよ〜〜〜く知ってるはずだよね?」
「………」
「それで賭けをして、負けたこともあるもんねえ…」
「……まあ、それは…百歩譲って認めるとしてもだな…」
「…譲らないっ」
「……まあ、それは清水の舞台から飛び降りたつもりで認めるとしてもだな…」
「飛び降りないっ!」
「……まあ、それは…」
「祐一くんっ!」

おもいっきり、ボクは祐一くんを睨む。
祐一くん、黙ると目をそらして、ちょっと肩をすくめる。

「…まあ、ともかくだな…」
「………」
「……その、名雪は…秋子さんの娘だぞ?」
「……うん」
「なのに…なんで、秋子さんに習わないんだ?あの、家事に関しては完璧な秋子さんに習う方が…」
「…それはそうだって…ボクも思うんだけどね。」

そうはいかない…理由があるんだよね。
それは…

「…でも…」
「……でも?」
「……秋子さん、インスタントは一切使わないのって…知ってるよね?」
「…ああ。」
「だから…」
「………」
「……一度、ボクも料理、習おうと思ったこと、あるんだけど…」

…ううっ…
思い出しただけで、身震いが…

「……鳥料理、だったんだよね。」
「…ああ。それで?」
「……それで、秋子さんの言った、最初の言葉が…『じゃあ、一羽…締めましょうか』って。」
「………」
「………」

祐一くんはボクの顔、マジマジと見た。
ボクも祐一くんの顔、見返した。

「……マジか?」
「……ホントだよ。」
「………」
「………」
 
 

「…あの人なら…あり得るな。」
「……うん。ボク…びっくりしたよ…」
「……確かに…」

ボク達は、思わず顔を見合わせて…
 
 

「……あらあら、今日も仲のいいことね。」
 
 

「……えっ?」
「………え?」
 
 

声にびっくりして、ボク達は振り返った。
そこには…
 

「……こういう公衆の面前で、あんまり仲のいいとこ見せつけるのは…どうかと思うけど?。」
「…香奈美さんっ」
「…いや、そんなことは…」

香奈美さんが駅の出口で、にやにや笑っていた。
…見ると、他にもぼくたちを見えてる人が…

「……うぐぅ。香奈美さん、よけいなこと言わないでよ…」
「…あら、ごめんなさいね。二人のお邪魔して。」
「…違いますっ」
「……そう?ごめんね。」
 

しれっと言う香奈美さん。
うぐぅ…香奈美さん…意地悪だよ…
 

「……香奈美さん、今からバイトですか?」

あわてて言う祐一くん。話をそらすつもりで…
…でも、それ、きっと…逆効果…
 

「…ええ、そうよ。」

香奈美さん、思ったとおり、待ってましたって感じでにっこり笑った。

「急に誰かさんがお休みが欲しいからって…代理で急遽、わたしが今から出ることになったの。」
「……あ…」
「………うぐぅ…」

「…あゆちゃん、この埋め合わせは、きちんとしてもらうわよ?」

「……分かってますっ」

ホントのところ…香奈美さんのデートのために、ボクも何度か代わってるから、おあいこなんだけど…
…こういう時の香奈美さんには、逆らわない方がいいんだよね。うん。

ボクは思いながら、ちらっと祐一くんを見た。
祐一くんも困った顔で、ボクをちらっと見た。
そして、頷いた。

「…じゃあ、香奈美さん、オレたち、急いでるんで…」
「……そう?」
「はい。えっと…」
「……はいはい。」

香奈美さん、またにっこり笑うと手を振って

「じゃあ、あゆちゃん…祐一くん。楽しくデートしてね」

「香奈美さんっ」

「じゃあねっ」

手を振ると香奈美さん、振り向いて商店街の方へ…
 

「…あ、そうそう、あゆちゃん。」

「……はい?」
 

ちょっと行って香奈美さん、振り返っていた。
ボクの方を見ると、ちょっと首を傾げて

「ミイちゃん…そろそろ来るように言っておいてくれる?」
「……ミイちゃん?」
「ええ。」

香奈美さん、頷くとまた笑って

「あゆちゃんの代わりに、こき使おうと思って。」
「香奈美さんっ!」
「…うそうそ。あの子くらいの子供向きのサイドメニュー、マスターがわたしに考えてくれっていってるから…協力してもらう約束、してるから。」
「メニュー?」
「そう。だから…お願いね、あゆちゃん?」
「……はい。」
「…うん。じゃ、頑張って」
「はいっ」

…って、が、頑張ってって…

「…香奈美さん?」

「……あははは」
 

ボクがあわてて言ったら、香奈美さんはもう笑いながら歩いていくところだった。
香奈美さんはそのまま、商店街へとすたすた、歩いていって…
 

「………はあ」
「………はあ」
 

思わず、ため息をつきながらボクたちは顔を見合わせた。

「……オレ、やっぱり…あの人、苦手かも。」

しみじみ言った祐一くんに、ボクも

「……ボクも、ちょっとだけ、かな…」
「………」
「……でも、いい人だよ。」

あわてて言うと、祐一くん、ボクの顔を見た。
そして、ちょっと笑った。

「……わかってるよ、それは。」
「……うん。」

そして、ボクたちはまた香奈美さんの後ろ姿を見つめながら

「……でも、香奈美さんとミイちゃんって…取り合わせ、変だよな…」
「……そんなことないよ。だって…」
「…だって?」
「……知ってた?香奈美さんって…大学、教育学部なんだよ。」
「……え?」
「それも…小学校低学年志望なんだって、香奈美さん。」
「……ホントに?」
「…うん。」
「………

祐一くんは、通りの向こうに消えた香奈美さんの後ろ姿を目で追いながら

「……人は見かけによらないっていうけど…」
「……あははは」

ボクは思わず、笑いながら

「それにね、最近、香奈美さんはミイちゃんのお気に入りなんだよ。」
「へえ…」
「何か、ミイちゃん、大人になったら香奈美さんみたいになるんだって…香奈美さんみたいな人が目標らしいよ。」
「………」

…祐一くん?
なんか…ボク、見てる…?

「………なに?」
「…いや…」

祐一くん、ボクを見ながらちょっと首を傾げると

「……ちょっと無理だろ…ミイちゃんには。」
「…そんなこと、ないと思うけど。」
「いや…ミイちゃんはどう見ても…大きくなっても、せいぜいあゆだろう。」
「…どういう意味っ」
「…そういう意味。」
「…うぐぅ…」

そ、それって、ボクにもミイちゃんにも失礼じゃないっ?

ボクは祐一くんに、言い返してやろうって…
 

……あっ
と、時計…時間っ!
こんなとこでこんな…時間、ないんだよっ

「ゆ、祐一くん、行こうっ!」
「……ん?」
 

祐一くんも時計を見上げた。
それから、ボクの顔を不思議そうに見て
 

「……何か…時間制限でもあるとこなのか?」
「そ、そうじゃないけど…」
「……?」
「……いいから…行こう?ね?」

ボクが言うと、祐一くん、ボクの顔をじっと見た。
そして、手を伸ばすと、ボクの頭…

ポンッ

「……行こうか。」

いつものように、軽く頭を叩く。

「……うんっ」
「……おう。」

そして、ボク達は歩きだした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

風が吹いていた。
しゃがんで目を閉じたボクの耳に、そばの木のざわざわいう音が響いて。
 

隣町の駅から、バスで15分。
そこから徒歩で丘の上にしばらく登ったところ。

『月宮家』と彫られた、小さな白い石…ボクのお母さんとお父さんが眠る場所。
並んだお墓の中でも、ずっと奥の場所。
お父さんが亡くなった時にお母さんが建てたんだって、以前、園長先生がボクに教えてくれた。
その園長先生に連れられて、小さい頃から何度もきた、この場所に…
 

目を開けて、そっと後ろを見上げてみる。
オレンジ色に染まった空に、どこからか花びらが舞って。
そして、その夕日を浴びた顔、目を閉じて黙って…

…行こうといったのは、ボク。
一度…雪が溶けたら行こうって、ボクが前に言った。
その時も…そして、この間も祐一くん、ただ
『…ああ。』
って答えただけだった…

気乗り、しないのかなって
それは…しょうがないかなって、そう、思ってたんだ。
思ってたんだけど…

祐一くん、真剣な顔で何か祈ってるみたい。
手を合わせて、お墓に頭を下げてまま、ずっと目を閉じて…
 

ねえ、お母さん…お父さん?
この人が、祐一くんだよ。
あの冬、ボクと一緒にいてくれて
今、ボクと一緒にいてくれる
この人が祐一くんだよ。

ねえ、お母さん、お父さん。
ボク、この人と…
 
 

「……なんだよ…?」
 

「………あ…」
 

ふと、祐一くん、目を開けた。
ボクと目があった。

「……ううん、なんでもない」

「………そうか」
 

ボクが言うと、祐一くん、ほうっと息をつくと空を見た。
 

「……お前は…済んだのか?」
「……うん」
「そうか…」
「…祐一くんは…?」
「……まあな。」

言って…でも、空を見上げたままの祐一くん。
ボクは立ち上がって、一つ、伸びをする。

「…でも、祐一くん…ボクのお母さんとお父さんに、なに言ってたの?」
「……え?」
「……なんか、長いこと、話してたみたいだけど…」
「………」

ボクが聞くと、祐一くん、ボクの顔を見た。
…ちょっと、顔、赤い気がするのは…夕日のせい?
それとも…

「……なんでもねーよ。」
「…ホントに?」
「…ホントだよ。ただ…」
「……ただ…?」
「……報告してただけだ。昔のこととか…これからのこととか…」
「……これから?」
「………」

祐一くん、ちょっと黙って目をそらした。
…やっぱり、顔…赤いかも…

「……これからって…?」
「………」
「…ね、祐一くん、これからって…」
「……うるさいっ!なんでもないっ!」

いきなり、言って歩きだした祐一くん。
あはは…やっぱり、照れてる。

ボク、すぐに祐一くんの横に駆け寄って

「…ねえ…」
「……うるさい、なんでもないっ!」

顔を見上げるボクに、祐一くん、うるさそうに言った。
夕日にオレンジに染まった祐一くんの顔。
道の向こう、階段の方に目を向けたままの顔を、ボクは…
 
 

そうだった
ここに来たもう一つの理由…
 
 

「…祐一くんっ!」

「………なんだよ。」
 

ボクが呼ぶと祐一くん、うるさそうに言った。
でも、振り向いた顔は、別に怒ってなくって…
 

「……もう一つ…行きたいところ、あるんだけど。」
「……え?」
「…一緒に、来てほしいとこがあるんだよ。」
「………」

祐一くん、ボクの顔をじっと見てた。
オレンジ色に染まった顔で、ボクをじっと見た。

「……遠いのか?」
「ううん。すぐ…そこだよ。」
「……そうか。」

祐一くんは頷いた。

「…うんっ!」
「じゃあ…」
「…こっち、こっちだよっ!」
「おい…」

祐一くんの手、引っ張って歩きだす。
祐一くん、ちょっとびっくりしてるみたい。
あははは
でも…
 

こうして行きたいんだ。
こうして行くのが…ぴったりだと思うんだ。
だって…
 

ボクは祐一くんの手を引っ張って、お墓の前を歩いていった。
狭い道を、真っ直ぐ…階段とは逆の方、墓地の外れの方まで歩いて

「……ねえ、祐一くん。」
「……うん?」

振り向いて、ボクは祐一くんの顔を見た。
祐一くんはボクの顔を見て、なんだか怪訝そうな顔してた。
ボクはそんな祐一くんの顔、見上げて

「…あの木のこと…覚えてる…よね?」
「……あの…木?」
「…うん。」

あの…大きな木
見上げても、てっぺんも見えなかった大きな木…

「……ああ。」

頷いた祐一くん。
オレンジに染まった顔…
…あの頃の面影、まだ少し残ってる。
ボクを見上げて、不安そうに、でも見守ってくれていた、その面影…

「…あの時、ボク…街を見てるって、そこから見える街が…大好きだって、言ってたよね?」
「……ああ。」
「……ボク、どうしてその景色が、その…街の景色が好きなのか、ただきれいだからじゃなくって…どうしてそこから見てるのが好きだったのか、それを…やっ と、思い出したんだよ。」
「……え?」
「……うん。どうしてか…思い出したんだよ。だから…」
「………」
「……だから、祐一くんに…あの時、一緒に見られなかったけど…今……」
「……あゆ…?」
 

「……ほら」
 

ボクは祐一くんに手を引っ張ると、背中に回った。
そして、祐一くんの大きな背中を、トンっと押して
 
 
 
 

「……これが、その…景色だったんだよ。」
 
 
 

オレンジに染まった景色
オレンジ色に染まった街

少し角度は違うけど
少し見え方は違うけど
この高さから見える街は
あの木から見えた街の景色は
 

ボクはここに来たことがあった。
お母さんの事故の後、誰かに連れられて来てた。
でも、どうして自分がそんなとこにいるのかわからなくって
だからぼんやりここまで来て、この景色を見てたんだ。
オレンジに染まった街を見ていたんだ。
ボクが住むことになった街を
昨日までは行ったこともなかった街を

でも
なぜかきれいに見えて
なぜか忘れられなくて
なぜかこの場所は覚えていなくても
なぜかこの景色だけは覚えていたんだ
だから
 
 
 
 

「……やっと…一緒に見れたね…」
 

「………ああ」
 
 

祐一くん、頷いた。
小さく、でも確かに頷いて
 

「………きれい、だな。」

「……うん」
 
 

やっぱり、街はきれいに見えた。
オレンジに染まる街
今日は空いっぱいにピンクの花が舞って
まるで雪のように
まるで雨のように
ひらひら、ひらひら舞い落ちて
やっぱり街は
 

ううん
あの頃よりもずっと街はきれいに見えた。
あの頃、一人で木の上から見たよりもずっと
ずっときれいで
ずっと暖かく見えて
 

きっとそれは
きっと
 
 

「…なあ、あゆ…?」
「……え?」

と、祐一くん、またボクの方に振り返った。
顔の前に、桜の花が一枚、ひらひらと落ちた。
でも、祐一くんは瞬きもしないで、ボクの顔を見つめて
 

「……お前…高校出たら、どうする気だ?」
「…え?」
「…まあ、まだ二年も先のことだけどさ…」
「……うん…」

いきなり…なんでそんなこと?
ボクは祐一くんの顔を見た。
祐一くん、ちょっと首をかしげながら…でも、真剣な顔。

「……うん。ボク…」
「………」
「……働くつもり。」
「…大学は?」
「……行かない、つもり。」
「………」
「街で、どこか働くとこ探して…」
「……またお前…遠慮してるんじゃないのか?」
「…え?」

驚いて見上げた祐一くんの顔。
オレンジの夕日をバックにまぶしく見えた。
ボクの顔を見ながら、ちょっと顔をしかめてる祐一くん…

「…園にいるから…とか、人に迷惑が…とか、そんなこと考えてんじゃないのか?お前…」
「…ち、違う、違うよっ」

ボクは慌てて首を振った。

「違うよ。そんなんじゃ…」
「………」
「…ボク…ほら、勉強、向いてないから。あはは」
「………」
「…それに…」

言おうとしたら、祐一くん、小さなため息をついて

「…お前、園の人たちみたいな、そんな仕事…したいって、前、言ってただろ?」
「……うん。で、でも、それは働いて、それで落ち着いて、お金、溜めたら…」
「……やっぱりな。」

祐一くん、またため息をついてボクの顔を見ながら首を振った。

「…そういうのが、遠慮だって言ってんだよ。」
「……でも…」
「…あのな、あゆ。そういう仕事したいんだったら…最初から、そのために努力した方が、自分のためにも…お前のこと、気にかけてくれてる人たちにとっても うれしいんだぞ。」
「……でも」
「…世の中には、いろんな奨学金ってものがあるんだ。それに、バイトしながらでも行けるんだし…香奈美さんみたいに。まあ、変なバイトは、ダメだけど な…」
「………」
「園長先生も…園のみんなも、それに香奈美さんとか…みんな、応援してくれると思うぞ。お前、また負担に思うかもしれないけど…みんな、お前がしたいよう にすればいいって思ってるんだからな。」
「………」
「……な?」

それは…
……でも…ボク…

ボクが黙っていると、祐一くん、またため息をついた。
それから、急にボクから目をそらして、街の方を向くと
 

「……ちなみに、だな…」
「………?」
「……オレの志望校は…香奈美さんと同じとこだ。」
「……え?」
「…ちなみに、女子大じゃないぞ、香奈美さんのとこは。」
「……知ってるよっ」
「………」
「……?」
「…ま、そんなわけで…オレも、まだしばらくこっちにいるわけだから…」
「…祐一くん…」

祐一くん、言うとボクの顔を見た。
そして、ちょっと照れ臭そうに笑った。
ボクは…
 

「……祐一くんも、勉強…向いてないの?」
「……おいっ」

祐一くん、振り向くとボクの頭をくしゃくしゃって…
 

「…うぐぅ。やめてよぉ」
「うるさいっ!うぐぅのくせにそういうこと言うからだっ!」
「…うぐぅ…」
「だいたいなあ、お前…それはオレに対するというよりも、香奈美さんに対する侮辱になるぞ?分かってるのか?」
「……あっ……」
「……ば〜か。」

祐一くん、ちょっと笑ったけど、すぐに肩をすくめて

「……でも、まあ…それも一つ、理由にあるけどな。オレも香里くらい成績が良よけりゃ、どこでも選び放題なんだけど…」
「…うん。香里さん、医者志望で…全然大丈夫って話だもんね。すごいよね…」
「ああ。あいつはな…って、何でお前がそこまで知ってる?」
「え?」

なんでって…

「…この間、香里さんとこで話してたら、そう言ってたもん。」
「……なんでお前が香里の家に?」
「それはもちろん、遊びに行ったんだよ。しおんとも遊びたかったし。」
「……そうか。」

祐一くん、納得って感じで頷くと

「…しおん…元気だったか?」
「うんっ」
「そうか。」
「うんっ。元気過ぎるくらいだったよ。何だかね、香里さん家の近所のボスにね、最近なったみたいだって、香里さん、言ってたよ。」

ボクが言うと、祐一くん、うんうんって頷いた。

「……さすがだな。やっぱり、ペットは飼い主に似ると…」
「……そんなこと言ってたって、香里さんに言っとくね。」
「待てっ!あゆ、オレを殺す気か?あいつはな…怒らすと、すごく恐いんだぞ?」
「……あははは」
「笑いごとじゃないぞ…」

祐一くん、ボクの顔、見ながらちょっと苦笑した。
そして、伸びをした。
 

「……でも、その…香里と話した時も…あいつ、お前に言ってたんだろ、きっと。」
「……え?」
「……さっきの話。お前の…将来の話。」
「………」
「あいつは…医大に行くだろうからな…」

祐一くんの言葉
…図星だった。
この間、お茶を飲みながら話をしてた時も、香里さんも、やっぱり…
 

「……あいつ、なんか…お前のこと、妙に心配するからな。まるで…自分の姉妹みたいに…」
「………」
「……なあ、あゆ」
 

ボクが黙っていると、祐一くん、ボクの顔をのぞき込むように見下ろして

「…みんな、お前のこと…気にかけてるんだよ。力に…なれる時には、なろうって思ってるんだ。だから…」
「………」
「お前も、変な遠慮しないで、やりたいこと、しろよ。そのための努力、してみろよ。大学が無理でも…専門学校だってあるし、他にもいろんな方法はあるんだ から…さ。」
「……ボク…」
「……それに…」
 

祐一くん、口を閉じると空を見上げた。
ピンク色の桜の花びらが、ひらひら舞う空を見上げて
 

グイッ

………!
 
 

「……オレが、一緒に…いるからさ。ずっと…」
 
 
 

祐一くん、ボクの肩を抱きしめて
ギュッと抱きしめながら
 
 

「……オレも…頑張るからさ。だから、お前も…」
 
 

「……うん…」
 
 

ボクは頷いた。
祐一くんの胸に顔、埋めながら
頷いて
 

オレンジ色の街
ボクの住む街を
ボクたちの住む街を見た。

ボクたちが出会って
ボクたちが別れた
だけど

ボクたちが出会った街
ボクたちの住む街
ボクたちが一緒にいる街を見つめていた。
 
 
 
 
 
 
 
 

ここから見える街がきれいなのは
あの頃よりもずっときれいに見えるのは
きっと
きっと一緒に見る人がいるからだと思うんだ。
きっと一緒に見てくれる
一緒にきれいだねって言ってくれる人
ずっと一緒にいてくれる人がいるからだって
大好きな人と一緒だからなんだって思うんだ。
だから
 
 
 
 
 

お父さん
お母さん
ボクはこの人と一緒に…
 
 
 
 
 

ボク達は、夕日に染まる街を見ていた。
オレンジ色に染まる、花の降る街を見てた。
ずっと一緒に見てた…
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<END>

-----

今までこの話を読んでくれた全ての方々に感謝をこめて

あなたがたがいなかったら、きっとこの話を終えることはできなかったでしょう。
きっとこの二人に、そして出てくる全ての人々を幸せにはできなかったでしょう。
わたし一人ではきっとそんなことはできなかったでしょう。
皆様に、本当に、本当に感謝しつつ
 

2000.1.26〜2000.11.22
LOTH

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