15才・冬を待つ季節(心象風景画 Picture2)


天野美汐SSです。真琴のネタバレになるかもしれません。

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15才・冬を待つ季節(心象風景画 Picture2)

わたしは、わたしの抜け殻だった。
涙も枯れたあの日から
自分が生きていることが、時に不思議に思えさえした。

指を折り、何度も数えてみても、
美宇と過ごした日々は20日しかなかった。
その20日、たった20日、だけど何よりも愛しい20日が、
わたしの中の幸せを閉じ込めて、去ってしまったから
わたしの心には大きな穴があいていた。

両親にとって美宇の存在は、得体の知れない無気味なものでしかなくなっていた。
泣き暮らしたわたしの知らぬ間に、
美宇の好きだったテニスボールを
美宇の好きだった人魚姫の絵本を
美宇がケーキを食べた皿とフォークを
美宇を思い出せるもの全てを、両親は残らず捨て去っていた。

それ以来、わたしの中で、両親は、「彼ら」になった。

わたしは美宇の痕跡を
そして美宇の手がかりを
美宇は何であったのか
美宇は誰を探していたのか
探して街を歩き回った。
しかし、手がかりなどあるはずはなく、
それどころか、何が手がかりかすら知らないわたしは、
ただ街の中をさまよい、歩くだけだった。

美宇がここにいたことなど、まるで夢だったかに思えた。
わたしが街をさまよっていることすら、夢の中の事のようにも思えた。

でも、次第に短くなる日が落ちる頃、足が疲労で重くなるのが、
これは夢ではないことを
美宇が夢ではなかったことを
嫌でもわたしに教えてくれた。

わたしが老婆に会ったのは、そんな夕暮れの中だった。

疲れ果て、美宇と出会ったあの歩道橋の階段に座り込んでいたわたしのそばに
バス停のベンチに腰をおろして、彼女がじっとわたしを見ていた。
『あんたが探しているものは、そんなとこにはいやしないよ。』
彼女は確かにそう言った。かすれた、けれど確かな声で。
『かわいそうに。あんたも出会ってしまったんだね。』
わたしは黙って彼女を見つめた。
彼女の皺だらけの顔を。
彼女の濁ったその瞳を。
『はい。』
なぜか、わたしはそう答えた。
多分、彼女の雰囲気が、わたしに答えさせたのだ。
多分、彼女の雰囲気は、その頃のわたしに似ていたからだ。
『あんたは…どんな彼らに出会った?』
彼女のかすれた声は、わたしの口を開放した。

わたしは彼女に全てを話した。
美宇とここで出会った事。
美宇の姿。美宇の声。
美宇が好きだった物。美宇が好きだった事。
美宇との生活。
そして…美宇との、別れ。
わたしができなかったこと。
わたしがしてあげられなかったこと。
そして

そして

彼女は全てを聞いていた。
わたしの言うことを、黙って全て聞いていた。
わたしが美宇のことを誰かに話したのは、彼女が初めてだった。
わたしが話す美宇のことを、黙って聞いてくれたのは、彼女が初めてだった。

『わたしもな』
わたしの話が終った時、彼女がゆっくり話しだした。

彼女がまだ若い頃、彼女はそれに出会ったと。
それは若い男の人で、全てを忘れていたと。

そして彼の姿を、そして彼の声を
そして彼の好きだった物を、そして彼の好きだった事を
そして彼と暮らした日々を
そして

そして彼が全てを忘れていったことを
そして彼が感情を失っていったことを
そして彼が熱で倒れたことを
そして

そして、彼女の前で、彼の姿が消えたことを。

彼女の声はかすれていた。
彼女の声は震えていた。
それはわたしが美宇のことを
語った時と同じだった。
わたしは彼女の目を見つめていた。
彼女もわたしの目を見つめていた。
彼女の瞳に見えた悲しみは、わたしの目にも映っていたに違いない。

『あの人は…妖狐じゃったのよ。あんたの、その子もな。』
最後に彼女がぽつりと言った。

『でも、あなたは、彼にお別れを言えたのですね』
その時、わたしが言った言葉は、到着していたバスの音に掻き消えた。
彼女は黙って立ち上がった。
わたしは彼女に駆け寄った。
『また、会っていただけませんか。』
わたしの声に、彼女は小さくうなずいて、かすれた声が『明日』と言った。

わたしは彼女の小さな姿がバスの中に消えるまで
彼女の乗ったバスが街の雑踏の中に消えるまで
そこでずっと見送った。

わたしと同じ瞳を持った人。
わたしと同じ悲しみを抱えた人。
わたしは彼女に助けてもらいたかった。
わたしは単に逃げたかった、ただの弱い人間だった。
それでもそれが、その時の、わたしという人間だった。

でも

次の日、彼女は現れなかった。
その次も、また次の日も。

彼女の消息が分かったのは、それから1週間後のことだった。
たどり着いた老人ホームの、小さな仏壇の中に、彼女の写真が揺れていた。
彼女がこの世を去ったのは、わたしと会った3日後だった。
看取る家族もいないまま、迎えた寂しい最後だった。

いつの日かわたしも、同じようにこの世を去るのかもしれない。
小さな写真の彼女は、やはり悲しげな瞳でわたしを見ていた。

街は秋雨の季節になっていた。
わたし、天野美汐
美宇を思い出してしまう雨よりも、いっそ雪に埋もれて眠りたい、
そう思った15の秋だった。

<to be continued>
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「14才の別れ」を書いてから、もうしばらく、美汐の心に触れていてあげたくなりました。
でも、ほんとは美汐の心の”癒し”を書いてあげたいのに、わたしの手は彼女の悲しみを書き綴ってしまいます。そしてわたしの思い入れが、どんどんそれを描き出して…それを書いてしまう自分が、悲しい。

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