15才・孤独のメッセージ (心象風景画 Picture3)


天野美汐SSです。真琴のネタバレになるかもしれません。

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15才・孤独のメッセージ (心象風景画 Picture3)

わたしの心は凍りついていた。
あのわたしの幸福が終った日から
以降の日々のことは、わたしには邪魔なものだった。
美宇と過ごした日々以外、わたしの人生に意味はなく、
あの日にわたしの人生が、終っていたらとすら思った。
だけどその日々の思い出が、わたしを生へと引き止めていた。
いや、それは単なる言い訳で、
お前は自分を殺すだけの勇気もない弱虫なのだと
嘲るわたしも同時にいた。

他愛のない日常を拒絶しだしたわたしに対し
友人と呼んだこともある人々の
わたしの言葉を聞く気など本当は全くないくせに押しつける
無意味で独り善がりな「なぐさめ」という名の偽善と
無理解で無情な「噂」という名の悪意が
わたしの心の殻を厚くさせた。
しかし、それとてそれまでのわたしの
愚かで表面的な「日常」の報いであることも、
わたしにはよく分かっていた。

拒絶し、拒絶されたわたしには、
ただ美宇の痕跡を
ただ美宇の手がかりを
探すことだけが残されていた。

わたしの成れの果てとも言える老婆の残した言葉
『妖狐』だけが、わたしの唯一の手がかりだった。
わたしはその言葉を持って、街をさまよい探し歩いた。

しかし、そこで見つかったのは、ただの伝承だけだった。
それは他愛のない昔話でしかなかった。

けれども、わたしはあの老婆がわたしに残してくれた言葉に
疑いなどかけようとすら思わなかった。
そしてわたしは探しつづけた。

それはこの街に、美宇の見ることのなかった雪が、初めて降った日だった。
街の旧図書館の古びた書庫の棚の隅で、わたしは古ぼけたノートを見つけた。
埃にまみれた表紙を開けて、黄ばんだ紙をめくってみると、それは誰かの日記だった。
消えかけた青いインクで、古風な字でそこに書かれていたのは、
一人の青年が、出会って、別れた、日々のことだった。
わたしは暗い書庫の中で、所々虫食いで読めなくなった字を追った。

春に彼は自分を訪ねてきた「彼女」と出会い、
そのまま彼女を保護していた。
そしてしばらく二人は暮らした。
日記はそんな彼女の姿を、そして彼女の言葉を、
そして彼女の好きだった物を、そして彼女の好きだった事を
ほんの短い、しかし思いのこもった文章で語った。

めくった次のページは、驚きに震える文字で埋まっていた。
彼は彼女の言動から、彼女を「思い出し」ていた。
遠い子供の日に出会った、ものみの丘の狐のことを。
「信じられない…信じたくない」
震える文字が最後に踊り、そしてしばらく空白のページ。

やがてまた書きはじめられた日記は、驚きではなく、涙に震えた文字で埋まっていた。
彼女の感情、彼女の記憶が失せていく様子を、
淡々とした言葉が語った。

一度目の熱を彼女が越えたことを、力のこもった文字が語った。

しかし

言葉も感情も失った彼女を、2度目の熱が襲ったところで
日記はふつりと終っていた。
そこから先は空白のページが、黄ばんで虫に食われていた。

わたしは無駄と知りながら、空白のページをめくっていった。

それは最後のページだった。
黒ずんだ、赤い字が、ページいっぱいに書かれていた。
「我ハ永遠ニ君ヲ愛ス」
そして隅にかすれた文字が「×月×日 出征」と読めた。

彼は生きて還れたのだろうか。
日記は何も語らなかった。
それでも最後まで見送れた彼が、わたしはうらやましかった。
結局、わたしもそんな身勝手な人間だった。

いけないこととは思いながら、わたしは雪の夜道を帰ると、
机の引き出しの一番奥に、
持ってきた日記をそっとしまった。

雪は夜中じゅう降り続いた。
わたし、天野美汐
いっそ雪がわたしの心を、何も感じなくなるほどまでに全て凍らせてしまえばいいと
願ってしまう15の冬だった。

<to be continued>
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今回は、あまり心象風景画シリーズにふさわしくないですね。
美汐の心象があまり書けませんでした。
でも、このエピソードを書かないと、美汐の『妖狐』に関する知識を
深めることができなかったので…

しかし、なんていうか…
本気でわたしは美汐を苦しめているだけの気がします。
美汐が”癒され”る日を、必ず書くつもりですが、
それまでにまだ悲しいPictureを描き続けてしまいそうです。

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