15才・答えは風の中に(心象風景画 Picture4)


天野美汐SSです。真琴のネタバレになるかもしれません。

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15才・答えは風の中に(心象風景画 Picture4)

わたしは全てを捨て去っていた。
あの日々の思い出以外のものは
わたしの目の前を通りすぎる、映画のように思おうとしていた。

わたしは地元の高校に入学した。
発表会場のパネルの横で、担任教師がわたしの手を取り、
お祝いの言葉を告げていた。
しかし、わたしは担任の顔をただ眺めていた。
わたしの成績が落ちたと責めた
わたしが反抗的だとなじった
わたしがもっと良い高校に行けたのにと嘆いた口に
わたしの話など本当には全く聞かなかった耳に
本当は自分の評価のためだけによろこんでいるその顔に
わたしが言うべき言葉など、なにも浮かびはしなかった。

それはいかにも春らしい、穏やかな晴れた日だった。
わたしは学校へ行く気になれず、独り、道を登っていった。
やがて開けたその景色に、わたしは立ちすくんでいた。
すっかり春のものみの丘は、一面、芽吹いた新しい草に被われ、
風にたなびき揺れ輝いていた。

しかし、その美しい景色が、わたしの胸を鋭くえぐった。

本当は来る前から分かっていた。
私はここに来たことがないことは。
記憶の中をどれだけ探ってみても、ここはわたしの記憶にはない。

本当は来る前から分かっていた。
わたしは妖狐にも会ったことはないことは。
小さい頃からコンクリートの清潔な狭いマンションで
金魚でさえも飼ったことがなかった。
だから

だから本当は、来る前から分かっていたのだ。
認めたくなかっただけなのだ。
美宇がつかのまの命を燃やし
全ての記憶を犠牲にしてまで
人として姿を現したのは
わたしのためではなかったことを。
美宇が最後まで会いたかった人は
それはわたしではなかったのだと
それはわたしではありえないのだと

立ち尽くすわたしを嘲笑うように、ものみの丘を風が通った。

その時、風とは異なる音がわたしの耳に入ってきた。
振り向くと、そこの草むらが風に逆らい揺れていた。
何かが草を掻き分けて、ゆっくりわたしに迫ってきていた。
柔らかく草を踏む足音が、わたしの耳にかすかに聞こえた。
草のわずかなすき間から、黄色い尻尾がかすかに見えた。
わたしは、思わず、息を呑んだ。
そして、わたしは
次の瞬間

次の瞬間、わたしは振り向き、駆けだした。
わたしはものみの丘を、息もつかずに駆けおりた。
街にたどり着くまで、わたしは一度も振り返らなかった。

それが実際に妖狐だったのか、わたしには分からない。
しかし、わたしは妖狐に出会うことができなかった。
また悲しい運命を、その妖狐に負わすわけにはいかなかったから。

いや、それはただの言い訳にすぎない
お前は本当は、もう一度、悲しい出会いをしたくなかっただけだと
またあの別れをしたくなかっただけだと
わたしの中のわたしが、そう責めていた。

そう、わたしはそれだけの、ただの臆病な人間だった。

コンクリートの四角い部屋に差し込む月の光が、雲とたわむれ揺れていた。
わたし、天野美汐
春の宵のかすかな風までがわたしを責めているように
感じた15の春だった。

<to be continued>
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わたしは美汐を自分に重ねているようです。
それが正しいことなのかどうか、それは読んでくださる方に委ねます。
彼女の”癒し”は、もう少しだと思います。

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