16才・雨の日と月曜日は(心象風景画 LastPicture)


天野美汐SSです。真琴のネタバレになるかもしれません。

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16才・雨の日と月曜日は(心象風景画 LastPicture)

わたしは影のようだった。
実態のない影のように
けれど光があるからこそ影があるのだと気づきはじめていた。

わたしはもう、さまようことをやめていた。
ただ自分の部屋から学校へ、学校から自分の部屋へと
往復するのが日課だった。
けれども途中で一ヶ所だけ
それも特に雨の日は
わたしはあの歩道橋に立ち寄ることだけはやめなかった。

その日は秋の雨が降っていた。
わたしは夏が過ぎてから、傘をささずに歩くのをやめていた。
しかし風が吹いていて、雨はわたしの体を濡らし
傘の意味などほとんどなかった。

しばらく立ち尽くした歩道橋から、わたしは歩道へ降りてきた。
そこにはあの老婆が座っていた、バス停のベンチが濡れていた。
わたしはその日を思い出し、しばらくその場に立っていた。

ふと、雨に濡れた冷たいスカートを、誰かが引くのを感じたわたしは、
ゆっくりそちらに振り返った。
そして

そして息を呑んだ。

美宇

いや、それはわたしの思い違い
ただの願望が見せた白昼夢。

それは美宇ではなかった。
見たこともない小さな少女が、わたしのスカートの裾を引いていた。
雨とは違う流れる涙が、少女の顔を濡らしていた。

多分、迷子なのだろう。
少女はわたしの顔を見あげ、何かを言おうと口を開いた。
けれどもわたしの顔を見て、少女の口がきゅっと閉じた。
多分、その時、わたしの顔が、あまりに厳しかったのだろう。
少女は脅えたような目で黙ったまま、歩道橋の下へ駆け込んでいった。

少女は美宇とは似ていなかった。
けれどわたしは黙ったままで
なのにわたしは歩道橋の下に立った。

わたしは少女の右側を車道を向いて立っていた。
少女はわたしを見なかった。
わたしも少女を見なかった。
少女はずっと黙っていた。
わたしも何も言えなかった。
ただわたしは黙ったまま、舞散る雨を見つめていた。
容赦のない雨風が、傘に守られていないわたしの左肩を、時に冷たく濡らしていた。

雨が次第に弱まって、雨音が少しおさまった頃、
曲がり角の向こうから、ピンクの傘が走ってきた。
少女は目を見開いて、初めて大きな声を上げた。
『おねえちゃん』

わたしの目の前に、美宇が笑って立っていた。

いや、それはただの白日夢。
現実ではないことを、わたしは痛いほど知っていた。

ふらつく頭を小さく振って、わたしは夢を払いのけた。
そしてそのまま雨の中へ、わたしは足を進めていた。
わたしの横をすれ違うように、ピンクの傘が駆けていった。

その時、わたしの後ろから、傘にあたる雨音に消えそうになりながら
かすれた小さな声がした。
『おねえちゃん、ばいばい』

それはまた、わたしの白日夢だったかもしれない。
しかし、その声はわたしに聞こえた。
それを確かめることが、振り返ってみることが、わたしにはできなかった。
わたしは、そのまま振り向かずに歩いた。
でも

でも、わたしが曲がり角で、一度だけ振り返った時、
ピンクの傘が歩道橋の上を、揺れながら去っていくのが見えた。
うれしそうに、楽しそうに揺れながら。

わたしは再び前を向き、そのまま雨の中を歩いた。

雨がわたしを濡らしていた。
わたし、天野美汐
いつもは冷たい秋雨を、こんなに暖かく感じることが
あるとは思っていなかった16の秋だった。

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これで美汐の心象風景画シリーズは終りです。
悲しみの底にいた美汐が
"Kanon"で真琴に優しさを見せることができるまで
わたしが書き切ったとは思えませんが、
わたしは彼女の"癒し"を少しは書けたのでしょうか。

"Kanon"、「恋はいつだって唐突だ」を経て
美汐のAfter Another Storyをわたしは書きはじめてはいますが、
悲しい事にわたしはまだ、完全に美汐を救い出す"癒し"を書けていません。
どうかわたしにもうちょっとだけ時間を下さい。

どうかこのわたしのつたない話が、あなたの美汐への思い入れの助けになったなら。
いままで読んでいただいた方々に感謝します。

題名ネタの原題
Picture1 "22才の別れ"(?)
Picture2 "冬を待つ季節"(中島みゆき)
Picture3 "Message in a bottle"(POLICE)
Picture4 "The Answer is blowing in the wind"(ForkSong)
Picture5 "ひまわり"(谷山浩子)
LastPicture "Rainy days and Monday"(カーペンターズ)

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