Birthday - Recordare

- Hello, Again - 3


佐祐理さん系SS。

Last Serious Series:Hello, Again

では、どうぞ

-----

Birthday - Recordare  - Hello, Again - 3
 

1月29日 金曜日
 

オレはいつものように角のところで二人を待っていた。
舞の誕生日のこともあったが…それ以上に昨日の舞の言葉が気になっていたから。

『…祐一…もう、来ないで。』

言った舞の…顔。
月の冷たい光の下、無表情な…能面のような顔。

舞は本気なのだろうか?
本気で、オレにもう来るなといったのか?
一緒に剣の練習するまでに、心を開いてくれたと思っていたのに、どうして急に…

「…おはようございます、祐一さん」

思わずぼーっとしていたオレの目の前に、パッと花が咲いたように笑顔が広がっていた。
「…おはようございます、佐祐理さん。」
オレは慌てて答えると、そばにいるはずのもう一人の姿を捜した。
「…あれ、舞は?」
「え?舞ですか?舞は…」
佐祐理さんはちょっと驚いたようにあたりを見回していたが、すぐににっこり微笑むと先の方を指差して
「ああ、あんな所まで先に行ってしまいました。」
「………」
舞は振り返りもせずに先を歩いていた。
まあ、それはいつものここといえばいつものことだが…いつもよりもずっと先まで行ってしまっていた。
「…佐祐理さん。」
「はいー」
「…舞、今朝は…何か、変わりありましたか?」
「え?」
オレの言葉に、佐祐理さんは不思議そうに首を傾げた。
「変わりというと…」
「…何か、オレのこと、言ってたとか。」
「あははーっ」
佐祐理さんは、うれしそうに笑うと
「舞はいつだって祐一さんのこと、話してますよー」
「………」
どう考えても、それは嘘臭い。
「…どんな?」
「そうですねー」
佐祐理さんはうれしそうに首をかしげると
「うーん…祐一さんがご飯を食べるのが早いって話とか…」
「…あいつがマイペースなだけだと思いますけど…」
「そうですか?佐祐理もそう思っていたんですけど…」
…それは佐祐理さんもマイペースだから…
「…他には?」
「他には…祐一さんが優しいという話とか…」
「…本当ですか?」
舞がそんなことを言っている姿…想像できない。
「本当に舞がそんなこと、言ってるんですか?」
「いえー、そんなようなことを言ってるんですけど…」
…『そんなこと』と『そんなようなこと』の間には、深くて暗い川が流れているものだ…
「…で、今朝はどうでした?」
オレはとりあえずそれ以上つっこむのはやめて、肝心のことを聞いた。
「今朝ですか?」
佐祐理さんは腕を組むと考えて
「…今朝は何も言ってなかったですね。」
「…何も?」
「ていうか、今朝は舞、『おはよう』って言っただけで、他に何も話してないですねー」
「……そうですか…」
これは…ひょっとしたら、腹を立てているのかもしれない。
昨日のオレの不甲斐なさに…
でも、舞はそんなことで不機嫌になったからって、それを佐祐理さんにはぶつけないタチだと思うのだが…
「…でも、その方が佐祐理には好都合なんですけどねー」
考えていたオレに、佐祐理さんはいつものポジティブさで頷くと
「その方が、舞をびっくりさせるのに都合がいいですからー」
「…まあ、そうかもしれないですけど…」
オレは言いながら、佐祐理さんのうれしそうな顔を見て、思わず苦笑した。
「…佐祐理さん、例のあれは…持ってきてないんですか?」
「あははーっ、さすがにそれは…だって、持ってきても隠せないですから、舞をびっくりさせられないですからねー」
佐祐理さんはあくまでもうれしそうな顔だった。
 

ちなみに、例のあれというのは…昨日の買い物の成果のことだ。
オレたちが商店街で一番大きなぬいぐるみを捜しに解散してから30分後…
佐祐理さんの背中に、『それ』はしっかり乗っかっていた。
『それ』とは…アリクイのぬいぐるみ。それも、アリクイの中でも約1.5メートルの馬鹿でかい図体を誇るオオアリクイの…等身大のぬいぐるみ。
見つけたのは佐祐理さんで…オレはもうちょっと小さい、だけどまだしも可愛いといえるキリンのぬいぐるみを見つけていたのだが…
その店の店主が言った一言で、佐祐理さんが買うことに決めてしまったのだ。

『どのような若者にも愛されないとは、不遇な時代にぬいぐるみとされたもんじゃ…』
その言葉に、佐祐理さんは店主に
『このぬいぐるみって、そんなに人気ないんですか?』
『ああ、ないよ。まったくない。哀れなほどない』
『はぇ〜…可哀想ですねぇ』
その時の、佐祐理さんのぬいぐるみを見る目…
愛おしそうな、そんな目で…
オレはその目に、何も言えなかった。まるで舞を見る時の目のような、その光…

とりあえず、『それ』は佐祐理さんが、一晩でも一緒にいたいからと背中に担いで持って帰ったのだ。
『どんな子だって、可愛がってあげられますよ。舞なら』
半ば押しつぶされるようになりながらも、そう言って本当にうれしそうに担いでいた佐祐理さん…
オレは商店街の角から、オレが送ろうというのを断って歩いていく佐祐理さんの背中をぼんやり眺めていた…
 

「…確かに、あれじゃどこにも隠せないですけど…」
「そうなんです。ですから、ですねー」
と、佐祐理さんはふと、腕時計を見ると、
「大変です、祐一さん。もう、こんな時間。」
「どれ…げっ」
見ると、時計は…もう走らないと間に合わないかもしれない時間。
「佐祐理さん、やばいかも…」
「そうですね…」
オレは佐祐理さんに頷くと、道の先を…
と、そこに舞が立っているのが見えた。
舞は立ち止まって、こちらの方を…
「………?」
と、急に振り返ると、さっさと歩きだした。
「…あれ?舞…?」
佐祐理さんはそんな舞に気がつくと、ちょっと首をかしげる。
でも、すぐ駆け出した。
「待ってください、舞ー」
オレも取りあえず、そんな佐祐理さんを追いかけて走りだした。
 

結局、舞に追いついた時には校門のところまで来ていた。
そして、同時にチャイムが鳴って、舞に問いただすことはできなかった。
だから、取りあえずチャンスは昼食の時…
だと思っていたのだが、4時間目の授業が押してしまい、学食に向かうのが遅れてしまった。
人波に揉まれながら、何とか目的のパンを獲得すると、オレは踊り場へと向かった。
「帰ったぞーう」
…ここで佐祐理さんが『お風呂にしますかぁ、お食事ですかぁ?』と返してくれると思っていたのだが…
「…あ、いらっしゃい、祐一さん…」
と、佐祐理さんがちょっと困ったような顔で挨拶をした。
どうしたのだろうかと、見ると…
「………」
…舞が既に弁当を広げると、食べ始めていた。いつもなら、オレが来てから昼食会…始まるのだが…
「…えっと…どうかしたんですか?」
「いえー」
佐祐理さんは困ったような笑みを浮かべると
「…舞がですねー、今日は一緒に食べたくないってー」
「…違う。」
と、舞が弁当箱から顔を上げると、オレを見上げて
「…日直だから。」
「…は?」
オレは思わず舞の顔を凝視した。
でも、舞はすぐに顔を戻すと弁当をつまんだ。
…もちろん、日直だからって昼食を食べられないはずはない。これは…
「…おい、舞。」
オレはその場に腰を下ろすと、舞の顔を見ながら
「…オレと顔、合わせるのも…嫌なのか?」
舞は箸を止めた。
でも、顔はあげなかった。
「…日直だから。」
舞はもう一度言うと、また箸を動かす。
「あのなあ、お前…」

かちゃん

「ごちそうさま」
と、舞は箸を置くと、弁当を片付けだす。
そしてすぐに弁当箱を持って立ち上がると、階段を降り始めた。
「おい、舞…」
「…舞?」
呆然と見守る佐祐理さんとオレの前、舞は振り返ると無表情にオレたちを見つめた。
ぼんやりとした瞳でオレと佐祐理さんを見ながら
「…あとは二人で食べてて。」
言うと、そのまま階段を降りていった。
オレたちは呆然としたまま舞を見送っていた。
「……舞…」
特に佐祐理さんは、いつもの笑顔ではなく不安そうな顔で階段の下を見つめていた。
その瞳が、揺れるように…
「……佐祐理さん。」
「……え?」
オレが言うと、佐祐理さんはオレの方を見た。
オレは佐祐理さんと、そして足下の豪華な弁当を見ながら
「…片づけて、舞のところに行ってください。」
「……え?でも…」
「…オレも、今日は早く教室に帰らなきゃならないから…」
…もちろん、それは嘘だった。
でも、佐祐理さんは…オレがそうでも言わない限り、きっとオレのために昼食会を続けるだろう。
だけど…舞のあの態度…
佐祐理さんが動揺しているのがオレにも見えたから。
だから、オレに出来ることは…
「…昼食はこのパンだけでとりあえずいいし。だから…」
「……すいません。」
佐祐理さんはペコっと頭を下げると、お弁当を片付けた。
そして、全部重ねてしまいこむと
「…じゃあ、佐祐理は…行きますね。」
「おう。じゃ、オレも…」
「…はい。」
オレたちは並んで階段を降りていった。
そして、3階の3年生の教室の階まで降りると、佐祐理さんは振り向いて
「それではー」
「おうっ」
佐祐理さんは頷くと、パタパタと駆けていった。
まだまだ重そうな弁当箱たちが、腕に揺れていた。
その姿が角を曲がるのをオレは見送って…

…振り返って、階段を見上げた。
いつも登って…踊り場へ向かう階段。
ゆっくり降りていく、舞の姿…

『…あとは二人で食べてて。』

振り返って言った…舞。
あれはどういう…
オレと話したくない、顔を合わせたくない…だけなのか?
ひょっとしたら…もしかしたら、舞は…オレと、佐祐理さん…

…いや、そんなことは…
まさか、舞がそんなことを…

それに…

パタパタと駆けていった、佐祐理さん。
思い出してオレは、ちょっと寂しさを感じる。
いや、そんなこと、思うのが間違いなんだろうけど…
佐祐理さんにとって、やっぱり一番に思っているのは…舞のことで。
それは当たり前で…本当に、当然のことなんだけど。
だけど…オレは…

オレは一つ、大きく首を振ると、階段を降りた。
昼休みのざわめきの聞こえる階段を、一人でゆっくりと降りていった。
 
 

…そういえば、あの例のアレを…佐祐理さんはどうするんだろう?
6時間目の授業の終わり、オレはふと思い出した。
…嫌な予感がした。
朝も昼もあんな状態だったから、打ち合わせもしなかった…
でも、だからってやめてしまうような佐祐理さんではないだろう。あの昼間…舞が佐祐理さんに変なことを言わない限り。
…というか、ちょっとくらい言ったって、佐祐理さんがプレゼントをやめるとは…

きんこ〜ん

「…これで授業を終わる。」
終業の合図。
オレは自分の予感に従って、教科書を放り出したままで、即座に教室を後にした。
「わっ…」
すると案の定、入れ替わりに教室に踏み込もうとしていた佐祐理さんが、飛び出してきたオレを見て声をあげていた。
「…やっぱり、来ると思った…」
「ふぇ〜、すごいですね、祐一さん」
佐祐理さんはオレの顔をまじまじ見ると、感心したように
「佐祐理が来るのがわかったんですか?予感的中ですねー」
…それが、『嫌な予感』だったとは口が裂けても言えない…。
「で、今日はどうするかって…その話でしょう?」
「はい、そうです。ふぇ〜、すごいですねー」
…これがマジかもしれないから、だから…佐祐理さんだった。
佐祐理さんは感心した顔でオレを見ていた。
そして、そんな佐祐理さんとオレを、ちょっと好奇心の目で見つめるクラスの目…
でも、何となく、それが恥ずかしいような、でも…うれしい気さえ最近するのは…
…慣れだろうか?それとも…
「…えっと…それでですねー」
「…あ、はい。」
オレはハッとして佐祐理さんの顔を見ると
「…えっと…どこまで…?」
「あははーっ、まだ、何も言ってませんけど」
佐祐理さんはいつものように笑いながら
「じゃあ、佐祐理は一度帰って、あのぬいぐるみを持ってきますから…9時に校門でいいですね?」
「…え?」
オレはまじまじと佐祐理さんの顔を見た。
佐祐理さんはちょっととまどうように微笑むと
「…えっと…ひょっとして、祐一さん…舞がいつも夜にいること、ご存じ…」
「あ、いや…知ってます。」
「…ですよねー」
佐祐理さんはにっこり笑うと、頷いた。
…考えてみれば、佐祐理さんは知っていても…不思議じゃない。というか、知っているはずだ。だからこそ、例のガラス事件があって…舞は退学になりかけたのだから。
でも…
「…佐祐理さん?」
「はいー」
「…佐祐理さんは…どうして舞が、その…毎晩、夜に校舎にいるか、知って…」
「……いえ、それは舞が教えてくれないんですよー」
佐祐理さんは屈託のない笑いを浮かべて答えた。
「多分、佐祐理が思うには、ですねー、きっと舞は…剣術の練習をしているんだと思うんです。夜中の校舎なら、誰にも見とがめられずに思い切り練習できますからねー。それに…泥棒さんよけにもなりますし、学校としても一石二鳥だと思うんですけど」
「……そうですね。」
オレは思わず佐祐理さんに苦笑してみせた。
「………?」
佐祐理さんはそんなオレに、ちょっと不思議そうに首をかしげて微笑んだ。
オレはそんな佐祐理さんの顔を見ながら
「…きっと、舞は泥棒を…追い払ってくれてますよ。」
「ですかねー」
「…多分。」
「…はい」
佐祐理さんは笑った。
…知らないなら、その方がいい。魔物を狩っている、なんて非現実的なこと…知ったところで、佐祐理さんには何のためにもならない。
それに、本当に佐祐理さんがそんな解釈で満足しているのか…オレには分からなかったけれど、でも…そんな解釈が、あまりに佐祐理さんらしくて。
だから…本当のことは…
「…じゃあ、9時に、校門で」
「はい。じゃあ…」
「あ、途中まで、一緒に帰りましょう。」
オレが言うと、佐祐理さんはちょっと首を傾げた。
それからにっこり微笑むと
「いえ、今日は舞の日直につきあってから…」
「…あ、そうですね。」
…舞が日直だというのは、本当のことらしかった。
でも、あの昼間のことは…
「…じゃあ、オレ…帰ります。」
「はい。じゃあ、また…」
「じゃあ。」
佐祐理さんは手を振りながら廊下を歩いていった。
オレはその姿を、教室の出口のところで見送った。
そして、教室に戻って鞄を取ると、教室を出て昇降口へと向かった。
…どのみち、舞は日直じゃあ…今日の練習はなしだろう。
それに…多分、舞は来ないだろう…
 
 

「…はあ。」
オレは白い息を吐きながら、校門に寄りかかってあたりを見回した。
今、時間は…腕時計はないが、まだ少し早いはず。
夕食を食べ、適当に時間を潰した後、オレはいつもの時間よりも早く家を出た。
今日も空は晴れて、月が輝いていた。
白い月の光…白い雪の積もる道。日が落ちると、余計に寒い外の空気…
…佐祐理さんは舞とは違って、きっと時間を守る方だと思うが…

「…あ、祐一さん。お待たせしちゃいましたか?」

声に顔を上げると、佐祐理さんが駆けてきた。
…背中に潰れそうにおおきな『あれ』を背負って。
そしてオレの前で立ち止まると、白い、荒い息を吐きながら
「すいません、急いできたんですけど…」
「いや、多分…時間、まだだと思うよ、佐祐理さん。」
オレは慌てて首を振りながら微笑んでみせる。
佐祐理さんは息を整えながら腕時計を見ると
「…いえ、今、9時ですから…」
「じゃあ、佐祐理さんは遅くないから、それでいいじゃん。」
「………そうですか?」
「おう。」
オレは頷くと、佐祐理さんはにっこり笑った。
そして、背中のぬいぐるみを背負い直すと
「では、行きましょう!」
「…おう!」
オレたちは、校舎へと向かった。
ゆっくりと歩く佐祐理さん…その背中の大きな大アリクイのぬいぐるみ。
…何か、完全に場違いだった。
いつもの舞のいる、幻想的な校舎ではなく、何やらここが遊園地にでもなったかのような…
「…佐祐理さん、それ…オレ、持ちましょうか?」
「いえ、最後まで…佐祐理が持っていたいんです。」
昇降口を抜けて、校舎に入るまで、もう何度目かのオレのセリフ。
でも、佐祐理さんの方も同じセリフ。
しっかり背負ったぬいぐるみは、まるで佐祐理さんにのしかかるように見えていた。
夜の校舎のリノリウムの床に、オレと佐祐理さんの歩く音が、わずかに、でも響いていた。
「…舞、いないんですかねー」
「…いや、多分…」
オレたちは舞に気付かれないよう、小声で話しながら廊下を歩く。
多分、舞はいつもの角の向こうで、じっと立っているだろう。
オレたちは、そっと足音を忍ばせてその角を曲がった…

「………」

舞はいた。
いつものように立っていた。
立って…ただ、何かを待っているように…

「…舞っ」
「………佐祐理…と…」
「…よう。今日も…来たぞ。」

オレと佐祐理さんの姿に、舞は一瞬、目を見張った。
月の光にわずかに光る瞳が、大きく見開いたのが見えた。
「………」
舞はそのままオレたちを見ていたが、やがて剣を下ろすと、首を傾げて
「…何しに…来た?」
「……これだからな。」
オレは笑いながら、舞に近づくと
「お前、今日が何の日だか、忘れてるだろ。」
「………今日?」
舞は無表情なその顔で、首をかしげたままオレを見つめた。
「…分からない。」
「…はあ。」
オレはわざとため息をつくと、佐祐理さんに肩をすくめてみせた。
「あははーっ」
佐祐理さんは笑いながら、舞の前まで歩いていった。
そして、背中からぬいぐるみを降ろすと、両手で抱えて舞に
「誕生日おめでとう、舞っ」
言いながら、舞にさしだした。

ぼふっ

…実は一瞬、舞が剣で切るんじゃないかって、心配した…
けれど、舞は器用に左手だけでぬいぐるみを抱えていた。
黙って抱えたまま、その顔を…
「…これ…」
「…大アリクイだそうだ。可愛いだろ?」
「………」
オレの言葉に、舞はぬいぐるみの顔を見つめていた。
じっとぬいぐるみを見つめて…

「…ありがとう」

舞は言うと、頭を下げた。
大きなぬいぐるみに顔を埋めるように頭を下げた。
「…あははーっ、舞、これは祐一さんと佐祐理で買ったんですよー」
佐祐理さんが笑いながら言った。
舞は佐祐理さんから、オレの方に向き直った。
そして、オレの顔をじっと見つめて

「…ありがとう」

もう一度、頭を下げた。
「…別に…オレは佐祐理さんに同調しただけだから…」
オレが言おうとすると、佐祐理さんが笑いながら
「またまたー、照れなくてもいいんですよー、祐一さん。祐一さんが舞にプレゼントをあげたいって…」
「…言ってないですっ」
「あははーっ」
佐祐理さんはうれしそうに笑った。
そんな佐祐理さんの向こう、舞は…
「………」
舞はぬいぐるみの顔をじっと見つめていた。
…見つめるほど可愛い顔じゃない大アリクイのぬいぐるみ。その顔を、じっと…
その瞳が…月の光に揺れて…

「…ありがとう…」

「…あははーっ」
また頭を下げた舞に、佐祐理さんはちょっと困ったように笑った。
舞にすれば…いつにないほどのストレートな表現。佐祐理さんも、ちょっと瞳に…
オレもちょっと、ぐっと…

「…そうだ、これからどっか、喫茶店でも…」
オレは頭を振ると、舞を誘った。
昨日の夜…今日の妙な雰囲気も、このプレゼントでなくなった気がしたし、それに何より…魔物たちが今、現われたら…
舞だけならいい…いや、よくはないけど…オレと舞なら、何とか…だけど…
佐祐理さんが…巻き込まれでもしたら…
「…な、舞。それが…」

「…ダメ。」

でも、舞は首を振った。
その顔は、いつもの舞だった。
舞はそのまま、あたりを伺うように黙ると、また口を開いて
「今日は、多分…」

「…じゃあ、ここで…遊びましょう!」

と、佐祐理さんがふいに手をたたいてオレたちを見た。
「…え?」
「………」
呆然としているオレと舞に、佐祐理さんは笑うと
「だって…せっかく3人で、めったに来ないこんなところにいるんですから…何かして遊びましょう!」
「………佐祐理さん…」
「だって…せっかく来たのに、このまま帰るのも…なんかもったいないじゃないですかー」
「………」
佐祐理さんはにこにこしながらオレの顔を見た。
オレはちょっと困って舞を…
…見ると思わず、笑いだしそうになった。
舞は真剣な顔で…剣を構えて…でも、ぬいぐるみは抱えたままだった。
だから、何やら…あまりに幻想的と言うには滑稽な格好で…
「…いいかもしれませんね。」
オレは笑いを押さえながら佐祐理さんを見た。
「でしょう?」
佐祐理さんは頷くと、廊下を見回した。
「じゃあ、何をして遊びましょうか?」
「そうですね…」
「………」
オレと佐祐理さんの様子に、舞はちょっと戸惑ったような顔で見ていた。
「うーん…3人で遊べるもの…」
「こういう場所らしいものかぁ…」
オレと佐祐理さんは、ちょっと考えて…
「隠れんぼ!」
「鬼ごっこ!」
二人同時に…でも、違うものを叫んでいた。
それから、顔を見あわすと
「…3人で鬼ごっこっていうのは、ちょっと…」
「それを言うなら、こんな広いところでかくれんぼでは、いつまでも見つけられないですー」
と、お互いの顔をにらみつけると…
思わず苦笑した。
「……どっちでも似たようなもんか。」
「…そうですねー」
「だいたい、高校生が夜の校舎でやることじゃ…」

「………!」

…わずかに息を呑む音がした。
振り返ると、舞がオレたちの方を見つめて…

いや、オレを見つめていた。
いつもは無表情な目を大きく見開いて、オレの顔をじっと見つめていた。
月の光に、銀色に輝く瞳で…

…銀色…

……オレンジ色

舞の瞳の奥、それは…
 
 
 
 

落ちていく夕日の色…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

風にざわめく
 
 
 
 
 
 
 
 

ざわめいていた
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレンジ色の中を
 
 
 
 
 
 
 

駆けていく
白い
 
 
 
 
 

白い…
 
 
 
 
 

オレを襲ったイメージは、ふいに消えた。
オレは…

オレは2、3度、首を振った。

…何だ、今のは?
いったい、あれは…

オレは舞の顔を見た。
舞は…

「………」
舞はその場にしゃがみこんでいた。
頭を抱えるように…

「…舞、どうした?」
「……舞?」

オレは…佐祐理さんは舞に駆け寄った。
そして、オレの手が…

「………!!」

舞ははじけるように立ち上がった。
そして、オレたちの…オレの顔を…

「…舞っ」

舞は駆けていた。
オレの手を逃れるように駆け出していた。
黙って廊下の向こう、剣を握りしめて駆けていくのが見えた。

「…舞っ」

佐祐理さんがぬいぐるみを抱えると、後を追って駆けだした。
オレは…
 

オレは立ち尽くしていた。
舞と…佐祐理さんが駆けていく音が響きわたる銀に輝く廊下で
オレは立ち尽くしていた。

<to be continued>

-----
…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…さて…ここまでは舞シナリオの書き換え…ここからが、いわば本番…かな。
「でも、エピソードとしては…」
…ああ。だってこれは…Kanonだから。Kanonの再構成だから…ね。でも、最低限のオレらしい展開は入れるけどね…
「…あなたらしい展開?それはひょっとして…」
…しっ!もう少し先まで、それは内緒…って言っても、前回の後書きで分かる人は分かるんだけどね(苦笑)まあ…がんばって行こうか。

<Back< 元のページ >Next>

inserted by FC2 system