Lacrimosa

- Hello, Again - 6


佐祐理さんSS。

シリーズ:Hello, Again

では、どうぞ

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Lacrimosa  - Hello, Again - 6
 

2月1日 月曜日
 

白い壁。
白いドア。
白い名札
 

『倉田佐祐理』
 

オレはドアの前で、ぼんやりと立っていた。

『…面会は、家族だけということになってるんですよねえ…』

胡散臭そうにオレを見た看護婦。
多分、佐祐理さんの父親あたりに言い含められているのだろう、オレが何度も言うので、渋々、病室へと入っていった。
オレはその返事を待って、こうして待っている。

もう昼の陽射しは、廊下の向こうの大きな窓をにわずかに見えるだけ。
そこから伸びる回廊は、病院らしく人影もない。
オレが立つ佐祐理さんの病室の前は、わずかなほの暗い電灯だけが照らしていた。
音もない、ほの暗い廊下。
まるで

まるであの夜の校舎の廊下…
 
 

『舞ぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ』

赤く染まった手で
赤く血に濡れた手で舞を抱きしめて
何度も何度も揺らして
叫んでいた
 
 

『舞…目を、目を開けてっっっっっ!!』

『佐祐理さん…』
 

『嫌…嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

『佐祐理さんっ、揺らしちゃ…』

『ダメっ!!目を開けてっ!!舞っっっっ!!!』
 
 

…救急車が来ても、舞を離そうとしなかった佐祐理さん。
何度も引き剥がされても、また舞にすがっていた。
何度も、何度も…

そして、とうとう舞が救急車に乗せられたその時。
救急要員に押さえられていた佐祐理さんは、どこにそんな力があったのだろう、その腕を強引に振り払った。
そして、救急車の窓にすがると、
 

『舞ぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ』
 

銀の月の光の中
舞の血で染まった掌で救急車の窓を赤く染めて

舞の血に濡れた顔
赤く染まった大きなリボン
乱れた髪のまま

佐祐理さんは救急車に手をついて
 

『………嫌ぁぁぁぁぁぁ………」
 

そのまま、その場に静かに崩れて落ちて…
 
 
 
 

「……どうぞ。」

看護婦がわずかにドアを開け、オレに頷いた。
オレは黙ってドアを開くと、病室に入った。

四角い病室。
四角い窓。
白い壁。
金属製のベッド。
そして
白いシーツ。

どうして病室は、どこも同じに見えるのだろう。
オレには痛かった。
目に痛かった。
病室の光景は、オレの目に…

「………」

佐祐理さんはベッドに起き上がっていた。
ぼんやり外を見ているようだった。
いや…

「…倉田さんはさっき、やっと鎮静剤が効いて、少し眠ったところなんですよ。だから、決して神経を高ぶらせるような、そんな…」
「………」

オレは黙って看護婦の顔を見つめた。

看護婦は目をそらすと、小さく息をついた。

「…では、わたしは外にいますから…10分だけです。いいですね。」
「………」

オレが頷くのを見もしないで、看護婦はそのまま病室を出ていった。
 

ぱたん
 

ドアの閉じる音にも、佐祐理さんは何の反応もしなかった。
オレの方も見なかった。
ただ、ぼんやりと窓の外の方に目を向けていた。

でも、その目に何も映っていないのは、あまりにもはっきりしていた。
佐祐理さんの目が何も見ていないのは、オレにはあまりにもはっきり分かっていた。

オレは声もかけられずに、ただ立っていた。
さし込む光に白く輝く部屋で、ただ黙って立ち尽くしていた。
立ち尽くた…

この病院のもう一つの病室でも、そうだったように…
 
 
 

ピッピッピッ
 

  『…頭を強く打って…頚椎にも損傷が入っています』
 

ピッピッピッ
 

  『その上…剣が腹部に深く刺さったようで…内臓が一部…』
 

ピッピッピッ
 

  『ですから…申し上げにくいのですが、川澄さんは…残念ながら…』
 

ピッピッピッ
 

  『今のうちに…ご親戚などありましたら、呼んでおいた方が…』
 

ピッピッピッ
 

  『多分、今夜か…遅くても、明日の朝…』
 

ピッピッピッ
 

ピッピッピッ
 
 
 

オレに何が言えるというんだ?
このオレに?
あの時、なにもできなかったこのオレに…

いや、そうじゃない!
オレは…
あの時、オレは…
 
 
 

白いシーツの上
白いチューブの先に
金属製のベッド

白いシーツに包まれて
白い包帯の下
わずかに黒い髪
わずかに上下に動く胸
わずかに揺れるシーツ
白く輝くシーツ
 
 
 

オレに何が言えるって言うんだ
オレに何を言えというんだ
舞に対して
オレはいったい
オレは

オレは…
 
 
 
 
 
 
 

逃げて…
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…祐一…さん…」
 
 
 
 
 

目をあげると、佐祐理さんがオレの方を見つめていた。
視点のまだ定まらない瞳が、オレの上で揺れていた。

「……こんにちは。」

オレの口から、声が出ていた。
そんな当たり障りのない言葉を、オレはまだ口にすることができた。

「………」
「………」

沈黙。
佐祐理さんの瞳。
オレを見つめる…
だんだん、焦点の合う瞳…

「…祐一…さん」
「………」

佐祐理さんの顔が、みるみる曇るのが分かった。
オレは…

オレはここに来るべきじゃなかった。
オレの顔は佐祐理さんに…

オレにも分かるべきだった。
オレには分かっているはずだった。
今、オレの顔は佐祐理さんに、一つのことを思い出させるだけだってことを。
一つのことが夢ではなく、現実だってことを。
同じ事実を共有した、オレの顔は…

「……舞…は…」
「………」
「………昨日の、事は…」
「………」

オレは何を言えばいいのだろう?
オレは何と言えばいいんだろう?
オレは…佐祐理さんに…
 

「……大丈夫、だから。舞は…」
 

大丈夫

大丈夫

大丈夫
 

重ねれば重ねるほど、嘘にしか聞こえない。
何度言ったとしても
何度聞いても
嘘にしか聞こえないオレの言葉。

あまりに空々しい言葉。
 

オレの言葉。
 

「………」
 

嘘の言葉は嘘でしかない。
あまりに空々しい言葉。

佐祐理さんはオレの顔を見つめていた。
見つめたまま、小さく首を振った。
 

「………」
 

何度も、何度も首を振る佐祐理さん。
何度も…
 

「………」
 

シーツを握りしめ
大きく首を振って
乱れた髪を気にもせず
首を振って佐祐理さんは
 

「………佐祐理の…せいなんですね…」

「…佐祐理さん…」

「…また、佐祐理は…」
 

バサッ
 

佐祐理さんはふいに頭を抱えた。
頭をしっかり抱えると、うめくように
 

「……舞は…舞は佐祐理をかばって…」
 

「…佐祐理さん、それは…」
 

「…舞は、佐祐理をかばって、だから…だからっ!」
 

ばしっ
 

佐祐理さんの腕が、シーツを叩いた。
シーツの下の自分の足を、音をたてて叩いた。
まるで憎しみでもこもっているように
まるで…
 

「…みんな、佐祐理が…佐祐理のせいで、みんな…舞も…一弥も…みんなを…殺したのは…」

「佐祐理さん、それは違う!」
 

また自分を叩こうとする腕を、オレは掴んだ。
そのまま、佐祐理さんの肩を掴んで

「そんな言い方…違う、佐祐理さん、それは…」

「いいえっ、そうなんです!全て、佐祐理が…悪いのは、佐祐理なんですっ!だから…」

「佐祐理さん!」

「…死ねばよかったのは…」

「…佐祐理さんっ!!舞はまだ…」

「まだ…でも、きっと…そうなんでしょう、祐一さん?そうなんですよねっ?」

「それは…」

佐祐理さんはオレを見つめていた。
オレは佐祐理さんに…
 

佐祐理さんの瞳
オレを見つめる瞳

揺れている瞳
濡れている瞳
オレは
 

「…舞が…こうなったのは誰のせいかって言えば、それは…」

「………」

「それは…」

「…佐祐理の…」

「…違うよ、佐祐理さんっ!」

オレは佐祐理さんの肩を力を込めて掴んだ。
自分の言葉を…しっかり聞いてほしくて。
自分の言葉に…オレ自身が向き合うために。
オレは…
 

「…誰のせいだっていえば、それは…オレのせいだ、佐祐理さん…」

「……祐一さん、何を…」

「…オレの…せいだ。オレの…」
 

オレの口から出たのは、思いがけない…真実。
紛れもない真実。
それはオレの…
 

「…あの時、オレは…」

「………」

「…オレが助けたのは…佐祐理さんだった。」

「それは…舞が佐祐理を…」

「…違う。違うんだ…ちがうんだよ、佐祐理さん!」
 

オレの腕が、佐祐理さんを抱きしめた。
オレの目の前に、佐祐理さんの髪があった。
栗色の髪…

オレはその髪に顔を埋めた。
佐祐理さんの匂いを吸い込んだ。
オレの…求める…
 

「あの時…オレは…」
 
 
 
 
 

「佐祐理さんを助けたかったんだよっ」
 
 
 
 

「………え?」
 
 
 

戸惑いの声。
オレの耳元でする声。

オレが…好きな…
 
 

「舞じゃなく、佐祐理さんを助けたかったんだ。最初から…佐祐理さんを助けるつもりで、だから…」
 
 
 

「…………」
 
 
 

オレが…好きなのは…
 
 
 

「だから、オレは…佐祐理さん、佐祐理さんしか、オレは…」
 
 
 
 
 
 
 
 

「………………て」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレが好きなのは
今、好きなのは

舞じゃなくて
オレは
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…佐祐理さん、オレは、佐祐理さんが……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「離してっ!!」
 
 
 

佐祐理さんはもがいた。
オレの手を逃れようと

でも
オレは佐祐理さんを抱きしめたままで
 
 
 
 
 
 

「オレは佐祐理さんが好きなんだよっ!」
 
 

オレは最低だ。
最低なやつだ。
こんな時にオレは
オレってやつは
 
 
 

「あの時、オレは…佐祐理さんしか…」
 

「しょうがないだろ、好き、なんだからっ。オレは佐祐理さんが好きだから、舞よりも佐祐理さんが、だから…」
 
 
 
 
 
 

「…やめてっ!!」
 

バシッ
 
 
 

オレの頬に痛みが走った。
耳に金属音が響いた。
オレは…
 

オレははじかれたように、後ろによろけていた。
目が眩んだ。
頬がまるで焼けるような
 
 
 
 

「…出ていってください…」
 
 
 
 

佐祐理さんはシーツをかぶっていた。

シーツは震えていた。
ぶるぶると
ぶるぶると
揺れて
震えて
 
 
 
 
 
 
 
 

「出て…て……出てって!出てってっ!!」
 
 

「佐祐理さ…」
 
 
 

「出てってっ!!」
 
 
 
 
 
 
 

オレは…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

銀の月の光があたりを照らしていた。
いつもの時間だった。
いつもの…
 

オレはいったい、何をしてるんだろう?
こんなところで…どこに行くつもりなんだ?
オレは…
 

舞が病院のベッドに横たわって
今も生死の境をさまよっているのに

そして
佐祐理さん…
 

『何をしてるんですか…出て行きなさいっ!』

オレは飛び込んできた看護婦に、むりやり佐祐理さんの病室から連れ出された。
でも、連れ出されるまでもなく、オレは出て行くしかなかった。

オレは最低だ。
最低の人間だ。
オレの身勝手で舞を傷つけておいて
オレの身勝手で佐祐理さんを苦しめて
 

オレは最低だ。
何より最低なのは、こうしてオレが今、歩いていることだ。
歩いて…病院へ行こうとしていることだ。
病院…病室へ。
それも…

病室に行ったって、こんな時間になにもできるわけもない。
会えるはずもない。
会ってくれるはずもない。
佐祐理さんがオレに会ってくれるはずはない。

そんなことは完璧に承知しているはずなのに
どうしてオレはこうして
オレは…
 

銀の月の光
道端の雪が輝いて
 

白い雪の光
暗い道をほのかに照らして
 

暗い道の上
白いシルエット

白いシルエットが向こうを駆け抜けた。
向こうの十字路…病院の方からほのかに照らされて…
 

…今のは…
 

いや、そんなはずはない。
こんなところにいるはずはない。
あんな格好で、外に出るはずは…
 
 
 

でも…
 
 
 
 
 

オレは駆け出した。
必死で走りだしていた。
オレは銀の月の光が照らす道の上を駆けた。
 

あの…横顔。
病院の白いガウン。
流れる長い髪。
そして

緑色の大きなリボン。
 
 

あれは…
 
 

だけど

この先は…
 
 
 
 
 

追いつくことができずに、オレはたどりついた。
まさかそこだとは…
いや、本当は分かっていた場所に、オレはたどりついていた。

暗い空を背に、街灯に浮き上がる建物。
昼は生徒たちの声で満たされる、コンクリートの固まり。
夜の校舎。
今日から門にいるはずの警備員の姿は、どこにも見えなかった。

オレは校舎を見上げた。
暗い校舎。
舞が魔物を狩っていた、夜の校舎…
 
 

ガシャーン
 
 

ガラスの割れる音。
オレは駆け出した。
音のした方へとオレは駆け出した。
 

銀の月の光に、破片が散らばっていた。
一階の教室の窓が一つ割れていた。
 

パリーン
 

かけらが一つ、窓から落ちて粉々に砕けた。
粉々に砕けて
 

白く
 

赤く
 

ガラスのところどころに、赤いものが落ちていた。
赤く染まったガラスが、割れて散っていた。

オレは手を伸ばすと、窓枠を握りしめた。
割れたがらすにまた、赤い物が広がった。
オレの…血。
赤い血の上にまた広がる、オレの…血…

オレは窓をはい上がると、教室に転げ落ちた。
服が数ヶ所破れたが、オレは気にしなかった。
手足に傷ができたことも、オレは気にならなかった。
そんなことが気になるはずなどなかった。
オレは…

オレは教室を飛びだした。
暗い廊下を駆けた。
いつものくらい廊下を
いつもの角を曲がって
そして
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………」
 
 
 
 
 
 

白いシルエット。
舞がいつも立っていた場所に、立っていたシルエット。

白い病院のガウンは、ところどころ赤く血に染まっていた。
緑の大きなリボンが、破れて垂れていた。
栗色の髪が、顔にかかって…

佐祐理さんが立っていた。
立ってオレの方を見ていた。

でも
オレを見てはいなかった。

オレを見ない瞳
その手には
 

剣が握られていた。
 
 

「……佐祐理さん…」
 
 

オレの声に、佐祐理さんはゆっくりとオレを見た。
ゆっくりと瞳が、オレに焦点を合わせて
 

「………佐祐理…さん、いったい…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………佐祐理?」
 

佐祐理さんの口が、わずかに開いた。

オレを見つめる大きな瞳
剣を掴んだ腕
身動きもせず
佐祐理さんは
 
 

「……そう、佐祐理は…倉田佐祐理。」

「でも」
 
 
 
 
 

佐祐理さんは
 
 
 
 
 
 
 
 

微笑んだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…そして…わたしは、死神」

<to be continued>

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…筆者です。
「仕切り屋・美汐です。」
…あははは…オレをリサイクル作家と呼んでくれ。
「……楽しいんですか?」
…楽しいよ。お前が次回予告をさっさとしてくれると、オレはもっと楽しいんだけどな。さあ…やってくれよ。
「……気が進みませんが。」
…いいから、さあ!
「…次回、Hello, Again第7回、題名は…『Eine Kleine Naght Musik』」
…あははは…楽しいだろ?だから言ったじゃん。
「わたしは…楽しくありません。」
…つれないねえ…まあ、いいや。多分、一部大苦笑しているだろうこのへんで…次回は多分来週。ちなみに。次回は前中後編の3部形式。そして、次次回も合わせて4回一挙に公開…したいなって思うよ。くすくすくす…

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