Eine Kleine Naght Musik

- Hello, Again - 7 前編 

"Eins"

佐祐理さんSS。

シリーズ:Hello, Again

-----

『倉田佐祐理という少女について』

舞の親友。
弟、一弥に優しくしてやれなかったことを悔やむ少女。
舞に出会うことで、舞の不器用な優しさを見て、
舞を幸せにすることで自分も幸せになろうとする少女。
サブキャラクターの中で唯一、自分のミニシナリオを持つ人。
それゆえに、愛する人も多い。
でも、そのシナリオゆえに、この人は問題です。

佐祐理さん、あなたの確信は、それは誤解だよ。
「人は人を幸せにすることで幸せになる」
それは事実だけど、
「人は人を幸せにすることで幸せでいられる」
なんて誰も言ってないし、誰も言えないんだよ。だって、それは事実じゃないから。
舞が幸せになった時、佐祐理さんはどこに行くの?
舞と祐一が二人でいることが舞にとって幸せになってしまったら、佐祐理さんはどうするの?
佐祐理さんと祐一の間に恋愛なんて設定する必要もなく、この三角は必ず崩れる。
その時、佐祐理さんはどこにいくんだろう?

どうしてそんなことになるのか知ってるかい?
それはね、佐祐理さん。
あなたが自分の弟にできなかったことを舞にしようと
それで自分を救おうとしてるからだよ。
自分を幸せにするために人を幸せにはできないよ。
あなたの思いは純粋じゃないからだよ。
でも、純粋に舞を幸せにしたいと思ったら、
その時、祐一はどうなるんだろうね?
そして、佐祐理さん、自分はどうなると思う?

佐祐理さんと祐一の間に恋愛を設定することは、この人を狂わせるだけだと思う。
そうじゃなくても、舞と祐一が離れていくという設定だけで、この人を狂わせるには十分だ。

だから、わたしはこの人をシリアスにまだ書けそうにない。
その後に幸せにできそうもないから。

でも…この人の最後の幸せだけは想像できるんだけどね。
舞と祐一の子供に、自分の子供を会わせている姿。
でも、そこに至る道のりが、まだ見えない。だから…わたしはまだ書かない。

佐祐理さんを愛する人たち。
佐祐理さんの狂気を愛せる人たち。
狂気を書いてあげてほしい。
そして、救ってあげてほしい。
優しいだけでは彼女は救えないよ。
だって、もう彼女は狂ってるんだから。
あはははは

-----

Eine Kleine Naght Musik  - Hello, Again - 7
   前編 "Eins"
 

「佐祐理さん…」

オレは佐祐理さんを見た。
暗い廊下に立ち
剣を静かにかざし
銀の月の光にわずかに照らされた顔を。

「佐祐理さん…何を…」
 

ガシャン
 
 

くだけ散るガラス

振り下ろした剣が、銀に輝く窓を破片と散らした。
 

「…わたしに近寄るものは…みんな死ぬ。」
 

佐祐理さんは剣を正面に戻すと、オレにオレに顔を向けた。

「最初は…一弥。」

「佐祐理さん、それは…」
 

バキッ
 

一歩踏み出したオレの目の前、剣が横切った。
間近で風を切った剣は、そのまま窓枠を断ち切った。
 

「…そして…舞も。」

「舞は…死んでないっ!」
 

オレは叫んだ。
佐祐理さんはオレの顔をじっと見つめた。
生気のない目が、オレを見つめた。

佐祐理さんの目が、オレに言っていた。
舞は生きている
今は生きている
だけど…
 

「…ほらね。わたしに近づくものは…みんな死ぬの。あはは」

佐祐理さんは剣を見つめ、薄く笑った。
銀に輝く剣を見つめながら、生気のない笑いを浮かべた。

「わたしは死を呼ぶ者…死神。わたしにできることは…人を殺すことだけ。」

「違う!佐祐理さん…それは違うっ!」
 

ガシャン
 

一歩踏み出したオレの前、銀に砕けたガラスが舞い落ちた。
窓から落ちたガラスは、リノリウムの上でもう一度砕けた。

割れた窓から風が吹き込んだ。
佐祐理さんの長い髪をわずかに揺らして吹き過ぎた。
佐祐理さんの頬、割れたガラスの破片の傷口から血が流れるのが見えた。
流れた血が白いガウンに落ちて、赤く染まったガウンをまた赤く染めた。
 

「…何も違わないわ。わたしは…」

「違う!佐祐理さんは…一弥くんも舞も、幸せにしようと…」
 

ガキッ
 

ガシャーン
 

窓枠ごと、窓ガラスが砕けて目の前に散った。
白いガラスの破片が、まるで雪のように舞い落ちた。
 

「幸せ?あはは…」
 

佐祐理さんは笑った。
おかしそうに
でもうつろな瞳で笑った。
 

「…そんなものがどこにあるの?」

「それは…」

「あるのなら、目の前に見せてちょうだい。わたしの目の前に見せてちょうだい。そして、わたしにはっきり教えて。これが幸せだって。ね?できる?そんなことが…あなたにできるの?」
 

ガシャン
 

振り下ろした剣が窓を突き抜けた。
割れた破片が窓の外、落ちていくのが見えた。
 

「ほら、できない。あなたにはできない。もちろん、わたしにはできない。だって…だってっ」
 

ガンッ
 

両手で握った剣を佐祐理さんは振り下ろした。
壁にぶつかった剣は、そのまま壁に刺さった。
壁に刺さって
それを引き抜いて
 

「わたしは…」

「佐祐理さんのせいじゃないっ!一弥くんが…そして、舞がこうなったのも…みんな…」

「わたしのせい…」

「佐祐理さんのせいじゃないっ!」

「…わたしのせいだからっ!」
 

ガシャン
 

佐祐理さんの剣がまた窓ガラスを散らした。
白く散ったガラスが、佐祐理さんの上に舞い落ちた。
佐祐理さんの顔を
手を
ところどころ赤く染めた。
 

「わたしが…死神だから。わたしに近づくものを、みんな殺す…死神だからっ!」
 

佐祐理さんは叫んだ。
顔の傷から流れる血が
まるで涙のように落ちた。
まるで涙のように
 

そう
佐祐理さんは

泣いているんだ。
 

オレはやっと分かった。
 

佐祐理さんは泣いている。
笑みを浮かべて泣いている。
笑いながら剣を振り回して
ガラスを割りながら
 

舞がこの校舎でしていたように
壁を壊し
窓ガラスを割って
 

そうだ
そうなんだろ、佐祐理さん
 

「…佐祐理さん…」

「………」
 

佐祐理さんはオレを見た。
足を踏みだすオレをうつろな瞳が…
 

ガシャン
 

ガラスが飛び散った。
リノリウムの床にガラスの破片が飛び散った。
 

「わたしは死を呼ぶ者…」
 

佐祐理さんの声。

うつろな声。
 

苦しんでいるんだ。
佐祐理さん
あなたは苦しいんだ。

オレには分かった。
だって…
 
 

「…じゃあ、佐祐理さんが死神なら…」
 

オレは佐祐理さんの目をしっかり見つめた。
銀の月の光にわずかに光る瞳を
その奥を覗き込むために。
 

「…オレも…死ぬんだな。」

「………」
 

佐祐理さんの瞳が、オレを見た。
わずかに光の見える瞳がオレを見つめた。

オレはゆっくり、歩きだした。
 

「…だって…そうだろう?オレも…佐祐理さんに、こんなに近づいて…」

「………」

「…佐祐理さんと毎日、おしゃべりをして…」

「………」

「…佐祐理さんを抱きしめて、好きだって…」
 
 

「…やめてっ!」
 
 

ガシャン
ガシャン
 
 

オレの手の先、佐祐理さんが飛びのいた。
ガラスがオレの目の前に散った。
伸ばした手に、痛みが走った。

大きな破片が一つ、オレの腕に刺さっていた。
オレは…
 

「………」
 

オレの手を
オレの手から流れる血を、佐祐理さんは目を大きく開けて見つめた。

オレはガラスを抜いた。
血が吹き出した。
 

パリン
 

オレが投げ棄てたガラスが、リノリウムの床で割れる音。
 

「…今度は、心臓だね、佐祐理さん。」
 

オレは佐祐理さんに言っていた。
笑いながら言っていた。
 

「できれば…苦しまないで殺してよ、佐祐理さん。ねえ…」
 

オレは…何を言ってるんだ?
気が狂ったのか。
オレは…

いや
気が狂えばいい
佐祐理さんと一緒なら
佐祐理さんと
佐祐理さんを
オレは
 

佐祐理さんは目を大きく開いて、オレを見つめていた。
オレを見つめる瞳。
月明かりではない光…
 

「…さあ、佐祐理さん…」
 

オレはまた一歩、前へ出た。
佐祐理さんに手を伸ばし、小さく頷いて
 

「…さあ、殺してくれよ…死神なんだろっ!」
 

「……いやぁ!!」
 

ピシッ
 

オレの頬を剣が掠った。
思わず、体が揺れた。
飛び散った血が、目に入った。
 

「…あっ」
 

佐祐理さんの声。
揺れる瞳。
剣を持つ、震える手。
 

「……また、外したね、佐祐理さん…」
 

オレは手を頬にやった。
すぐに手は血で真っ赤に染まった。
真っ赤に染まったその手を、オレは佐祐理さんに伸ばした。
 

「…ほら、殺してくれよ…殺すんだろ?殺せるだろ?死神だから…殺すんだろっ!」
 

「わ…わた…佐祐理は…」
 

「…殺せるもんなら、殺せって言ってるんだよ!ホントに佐祐理さんが死神なら…オレを殺してみろよっ!!近寄るから…もっと近寄るから、オレを殺せって言ってるんだっ!!」

「……!!」
 

佐祐理さんは、剣をつくように後ずさった。

オレは前に出た。

佐祐理さんは下がった。

オレは前に出た。

佐祐理さんは下がる。
瞳を揺らして
震える剣を床について
オレを見つめて
見つめて
 

オレは前に出た。
赤い手を伸ばした。
 

「…さあ、殺してくれよ…」

「………」

「…できないだろ。できるわけ…ないだろ。佐祐理さんに…できるわけ、ないだろっ!」

「…さ…佐祐理は…」
 

「できるわけがないだろっ!佐祐理さんは…死神じゃないんだっ!ただ…不器用だっただけなんだっ!素直で…素直過ぎる…不器用な人な、ただそれだけなんだよっ!!」
 

「……祐一さん…」
 

「だから…佐祐理さんのせいじゃないんだよっ!みんな…」
 

オレは足を踏みだして
伸ばした手が
佐祐理さんに
 
 
 
 
 

「………近寄らないでっっっっ!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ガシャーーーーーン
 
 
 
 
 
 
 

跳び下がった佐祐理さんの後ろの窓が

割れて
 
 
 
 
 
 
 
 

佐祐理さんが投げた…
 
 
 
 

いや、剣は持っている。
佐祐理さんは、まだ…
 
 
 
 
 
 
 

おかしい。
どうして誰も来ないんだ?
こんなにしているのに
何枚もガラスを割って
 
 
 
 
 
 

どうして警備員はいなかったんだ?
昨日の舞の件で、警備員は確かについていたのに
なのに
 
 
 
 
 
 
 

「佐祐理さ…」
 
 
 
 
 
 

バンッ
 
 
 
 
 

廊下の反対側
教室側のドアが吹き飛んだ
 
 
 
 
 
 

景色が確かに歪んだ。
佐祐理さんの後ろ
歪むのが見えた。
 
 
 

「佐祐理さんっ!」
 

オレは駆け出そうとした。
何が起こっているか、やっと分かった。
これは…
 

「逃げろ、佐祐理さん…魔物が…」
 

「………」
 

佐祐理さんはオレを見た。
大きな瞳がオレを見つめた。
でも
さっきまでの光がもう消えて
佐祐理さんは
 

「………」
 

笑った。
 
 
 
 

そうか
そうだったんだ。
佐祐理さんは…
 

死ぬ気だ。
ここで
この舞が傷ついた場所で
自分も
 
 

死ぬ気なんだ。
 
 
 

「やめろっ!!」

叫んで、オレは足を
 
 

バキッ
 
 
 

吹き飛んだ。
吹き飛ばされた。

オレは吹き飛ばされて床を滑った。
 

ガンッ
 


激突したオレ
息ができない。
腕が
 

何とか顔を上げると
 

オレの目の前に魔物の気配。
後ろにも一体。
オレは…囲まれている。
そして

オレは素手だ。
木刀さえない。
これでは…

くそっ
せめて剣があれば
剣が
舞の剣が…

佐祐理さんの剣が
 
 

佐祐理さん
 
 
 

無効に佐祐理さんが見えた。
魔物の向こうに歪んだ佐祐理さんが透けていた。
そして
佐祐理さんの前に
大きな魔物
 
 

「……畜生っ!」
 

オレは立ち上がると、正面の魔物に駆けた。
それでどうなるものじゃないことは、よく分かっている。
どうにもならないのは分かってるけど
だけど…
 

「……うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 

オレは肩から魔物にぶつかっていった。

弾き飛ばされることは分かっている。
それどころか、多分…

でも…
 

でもっ
 

「このっっっっ!!」
 
 
 

バンッ
 
 
 

オレは壁にぶつかった。
でも、魔物に弾き飛ばされたわけじゃない。
魔物は…
 

オレがぶつかる寸前、魔物の気配が消えた。
ふいに消えて…

いや、消えたんじゃない。
気配は一瞬、何か…
まるで佐祐理さんの前の魔物に吸い込まれるように…
 

向こうの魔物は、次第に気配を濃くしていた。
実体が見えるように濃くなって
まるで闇のように
影のように
 

オレは振返って、もう一体の魔物を捜した。
さっきまでいたはずの魔物を。

でも、それはやはりいなかった。
もういなかった。
 

「……佐祐理さんっ!!」
 

魔物は…一体。
だから、あれさえ…
 

「逃げろ、佐祐理さんっ!!」
 

オレは駆け出した。
リノリウムの床を踏んで駆け出した。
叫びながらオレは
声の限り叫んで
 

でも
 
 
 

佐祐理さんの手
剣を持った手が
 

カラン
 
 

剣が床に落ちて
手から床に
 
 

そして
佐祐理さんは
 

「わたしを呼んだのは…あなた?」
 

手を広げた。
大きく手を広げた。
魔物に向かって
手を広げて
 
 

「……さあ…どうぞ…」
 
 
 

魔物は
黒い闇は
大きく姿が広がって
廊下いっぱいに
そして
 
 
 
 

「………ばっかやろうっ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ドカッ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

宙を舞う
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

バキッ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

床に落ちる
感触
 
 

肋骨が折れる音
 
 

痛み

でも
 
 
 
 

「……祐一さんっ!!」
 
 
 

声が聞こえた。
佐祐理さんの…声。

オレは顔を上げた。
冷たい床の上。
かろうじて顔を…
 
 
 

「祐一さんっ!!祐一さんっ!!」
 
 
 

廊下の向こう、少し先の壁に寄りかかるように佐祐理さんは座っていた。
ガウンが乱れて肩がはだけかけていた。
髪が床に広がって埃まみれだった。
 

「どうして…また、どうしてっ!!」
 

…佐祐理さんを助けたかったからだよ。
オレは言いたかった。
言おうとした。
だけど…
 
 

「……ごほっ」
 

血が、口から溢れた。
ぼたぼた、床に落ちた。
肋骨の痛み。
胸の痛み。
肺が…傷ついているのだろう。
息も苦しい…
 

「…また、わたしのために…」

佐祐理さんがゆらりと立ち上がった。
割れた窓から射す月に、黒いシルエットになって

「…わたしなんかのために…祐一さんっ!!」
 
 
 
 
 

「死ぬのは…死ねばいいのは、わたしなのにっ!」
 
 
 
 
 

「…違うよ、佐祐理さん。」

オレの口から、やっと声が出た。
オレは口に残る血をぺっと吐き出して、なんとか佐祐理さんの方を見ながら

「…それは…違うよ。それじゃあ…一弥くんも、舞も…かわいそうだよ。」

「……え?」

佐祐理さんはオレを見た。
黒いシルエットに、わずかに光る瞳が見えた。
オレを見つめて、揺れる瞳が見えた。

「…一弥くんは…笑っていたんだろ?」
「……え?」
「…佐祐理さんが…病室で一緒に遊んだとき、一弥くんは…笑ってたんだろ?」
「………」
「…一弥くんは…お姉ちゃんと一緒に遊べて…うれしかったんだよ。だから、一弥くんが佐祐理さんに望んだのは…もっともっと一緒に遊んでほしいって…そう思ったと思う。オレは…そう思うんだ。」
「………」
「…舞だって、そうだよ。舞は、佐祐理さんを…自分の一番の友達を、助けたかったんだ。自分が死にたかったわけじゃない。代わりに死にたかったわけじゃ…ないはずだろ?そうだろ、佐祐理さん?」
「……それは…」
「なのに、一緒に遊んでほしかった…助けたかった人が、佐祐理さんが、死ぬなんてこと…一弥くんが、舞が望んでるって…佐祐理さんは思うのか?そんなこと…思ってるって、そんなふうに佐祐理さん…思うのか?」
「………」
「…オレだって、そうだよ。オレだって…佐祐理さんの身代わりで、死のうとしたんじゃないぞ。一緒に…逃げようとした、ただそれだけなんだ。でも…
「……?」

首をかしげた佐祐理さんに、オレはできるだけの笑顔を見せると

「できたら、佐祐理さんをかっこよく助けて…佐祐理さんに、オレに惚れてほしいなと思ったけどな。」
「………祐一さん…」

佐祐理さんはオレを見つめた。
その瞳から、銀色の滴が…

「…さあ、今のうち、逃げようぜ。あいつが…魔物が戻ってこないうちに…」
 
 
 
 

ドクン
 
 
 
 

背後に感じた。
気配を感じた。
振返らずとも、強烈な気配。
空間が歪んだような、その感覚。
間違いない
これは…
 
 

「…祐一さんっ!」
 

オレを見ていた佐祐理さんが、オレの後ろを見つめていた。
オレの後ろを見ながら
その目は
恐怖に
 
 

「………」
 

オレは起きあがろうとした。
手を突こうとした。
手を
足を
体を
 
 
 
 

「…佐祐理さん…」

オレは顔を上げて、佐祐理さんを見上げた。

動くのは、首だけだった。

「…はい…」

佐祐理さんは、震える声で言った。
目は、オレの後ろを見たままだった。

「……一人で…行ってくれ。」

「………え?」

「…オレ…動けない、みたいだから。」

「………!」

佐祐理さんは、オレを見下ろした。
大きく見開いた目。
震えているのは…声ではなく、その瞳…
 
 

「…嫌ですっ!」

「佐祐理さん…」

「…わたし一人で…そんなこと、できないっ!」

「…佐祐理さん…」

オレはできる限り、冷静に聞こえるように声を落としていった。

「…行って、誰か…誰でもいいから、助けを呼ぶんだ。それしか…今は…」

「嫌ですっ!」

でも、佐祐理さんは大きく首を振った。
首を振りながら、叫ぶように
 

「一人で…一人だけ、わたしだけ…それは嫌っ!嫌ですっ!!」

「…佐祐理さん、だから…」

「今、わたしが…助けを呼びに行ってる間に、きっと…祐一さんは…」

「それは…」

「…そんなの、嫌ですっ!わたし…嫌っ!!」
 
 

ドクン
 
 

魔物の気配。
広がる気配。
オレの後ろ
生暖かい
冷たい感触。

佐祐理さんは目を見開いた。

オレはなんとか振返った。
 

目の前に大きな魔物の姿が見えた。
ここまではっきり見えたのは、初めてだった。
濃い闇のような姿。
潰されそうな圧迫感。
廊下いっぱいに広がって
今にも
オレに
 

「佐祐理さんっ!早く…逃げろ!」

オレは魔物を見つめたまま、できる限りの大声で

「逃げて…逃げてくれよっ!!」
 
 
 

「嫌ぁぁぁぁぁぁっっっっ!!
 
 

ドカッ
 
 
 

軽い衝撃。
オレの上に覆いかぶさる物。
柔らかくて
軽くて
暖かい
 

「…ばっ…」
 

佐祐理さんの瞳
オレの目の前で
オレを見つめて
抱きしめて
 

気配
潰されそうに
今にも
オレを
 

オレたちを
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

佐祐理さん

バカだよ、あなたは…
 
 
 
 
 
 

でも

オレもバカだから…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレは…
 
 
 
 
 
 

闇が迫るのが見えた。
濃い闇がうごめき
オレたちの上に
 
 

闇が
 
 
 
 

黒い
 
 
 
 
 
 
 
 
 

赤い
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

オレンジ色の光
 
 
 
 
 
 
 

オレンジ色にどこまでも染まって
 
 
 

ざわざわざわ
 
 
 

風が渡る音
畑を渡る風の音

ざわざわと
ざわざわと
 
 
 
 

麦が
見渡すかぎりの麦が
ぼくの背ほどの
小さいぼくの背ほどの

麦畑
 

麦の穂
 
 
 
 
 
 

麦の穂の上
頭を出した
白い

白い
 

ウサギの耳
 
 
 
 
 

ウサギの耳のカチューシャ
うれしそうに頷く

『…ウサギさん?』
 
 
 

ウサギの耳、きみは好きだったね

いや

ウサギだ。
きみが大好きなのは。
 

『動物はぜんぶ好きだけど…ウサギさんがいちばん大好き』
 

ああ、そうだね。
そうだったね。
だから、ぼくはきみにそれをあげたんだ。
あの日
あの麦畑で
風の渡るあの麦畑で
 
 

だから、きみはいつもつけていてくれた。
いつも一緒に遊ぶときは。
いつも
いつも
 
 
 
 
 
 
 

『さようなら』
 

そう
あの時も
あのお別れのときも

ぼくは何かを言うべきだったんだろうか?
そんな一言じゃなくて
もっと何かを
もっと
 
 
 

『ねぇ、助けてほしいのっ』
 

だから
 

『…魔物がくるのっ』
 

あの電話
 

『いつもの遊び場所にっ…』
 

『だから守らなくちゃっ…ふたりで守ろうよっ』
 

ぼくはきみに
何を言えばよかったんだろう

ぼくは
 

『一緒に守ってよっ…ふたりの遊び場所だよっ…』

『待ってるからっ…ひとりで戦ってるからっ…』
 

ぼくは
 

『待ってるから』
 

『ずっと…待ってたから…』
 
 
 
 

オレは
 
 
 
 

きみは…
 
 

そうか

きみは…

<to be continued>

-----
仕切り屋・美汐より、お詫びを。
次回は残りの4話を一度に公開と言っていましたが、それは筆者には無理だったようです。
順次公開とする…ということです。
では…

<Back< 元のページ >Next>

inserted by FC2 system