Eine Kleine Naght Musik

- Hello, Again - 7 中編

"Zwei"


佐祐理さんSS。

シリーズ:Hello, Again

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『川澄舞という少女について』

10年前のひとときの出会いのために
それからの時間を全て無駄な自分との戦いに費やしてしまった少女。
そんなことを少女は願ったのでしょうか?
そこから救われるためには、10年の果てに少年と再会し、
その愛を得ることで足りるのでしょうか?

だから、少女は死を選んだのでしょうか。
あの死は不可解です。
わたしの解釈では、彼女は自分への、傷つけた友達への、好きな人への償いのために
それしか方法がないと思ってしまった悲しい、愚かな選択だと思っています。
でも、その愚かさこそが舞の本質で。
強さで。
弱さで。
優しさで。

彼女の力は彼女を苦しめるだけだった。
でも、最後の最後で彼女を救った。

わたしの思い描く舞は、そんな不器用な少女。
不器用に人を愛し
不器用に生きている。

そんな舞が、わたしは大好きです。

でも、もうちょっとしゃべらないと、書きにくいんだけどな。

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Eine Kleine Naght Musik  - Hello, Again - 7
   中編 "Zwei"
 

…オレは目を開けた。

ここは…
 
 

夜の校舎。

どのくらい、オレはこうしていたんだろう。
こうして床に転がって

床はガラスの破片が白く輝いていた。
まるで雪のようにリノリウムの上に

割れた窓から風がかすかに吹き込んでいだ。
冷たい夜の風
冷たい冬の風
 

ざわざわと

いや

それは夏の風。

あの日の夏の風の音だ。
麦畑を渡る風の音。
オレンジ色に染まる麦を揺らした風の音…

オレは顔を上げた。
手を動かそうとした

きしむような痛み。
でも、腕は動いた。

オレは腕をついて、前を見上げた。
目の前の闇を
黒い、揺れる闇…
 

オレンジ色の闇。
歪んで、でも見える。

長い髪の少女。
オレンジ色に染まる麦畑に立つ少女。
オレの方を見つめて
風が髪を揺らして
少女の手がオレの…
 

一瞬、揺らいだ。
その姿が掻き消えた。

そして残ったのは
黒い闇
濃い闇
濃い沈黙の闇…
 
 

カタン
 
 

かすかな音。
揺れる闇。
オレは振返った。
 

「………」
 

銀の月の光
鈍く光る剣

佐祐理さんが立っていた。
剣を構えて立っていた。
オレの向こうの闇を見据えて
佐祐理さんが立っていた。

「佐祐理…さん…」

オレの声。
佐祐理さんはオレを見た。

わずかに揺らぐ剣。
オレを見つめて…
 

ドクン
 
 

揺らぐ闇
揺れる気配
オレの後ろで

暖かい風の
揺れる麦の穂の
存在
感触
それは

「……佐祐理…さん…」

「…よかった、無事で…」

佐祐理さんは頷いた。
そして、剣を握りなおすと、オレの向こうを見つめた。
ゆっくりと剣を振り上げた。

「…今、わたしが、こいつを…」

佐祐理さんは駆け出した。
オレの後ろ
オレの後ろの闇
闇に向かって

「……舞の仇っ!!!!」

「やめろ、佐祐理さん!!」
 

いけないっ
それは
 

「ダメだっ!」
 
 
 
 
 
 

ドカッ
 
 
 
 
 

「…祐一さんっ!なぜっ…」
 
 
 

左腕を激痛が突き抜けた。
血がはじけた。

佐祐理さんが振り下ろした剣は、オレを避けられなかった。
左腕だけで済んだのは、思えば幸運だった。
でも
 

「…どうしてっ」
 

剣を握ったまま
剣に跳ねた血を
オレの血を見つめて
オレの血しぶきに濡れて

佐祐理さんはオレの顔を見た。

「…どうして、邪魔するんですかっ!!」

「……ダメなんだ、佐祐理さん…」

オレは折れた左腕を押さえた。
血が見る見るうちに床に垂れて落ちた。
オレの足下を濡らしていった。

「ダメなんだよ…それは…」

「…どうしてっ」

「…違うんだ、佐祐理さん。あれは…」

オレの言葉に、佐祐理さんは剣を握った。
オレの後ろ
揺れている闇を見据えた。

「何が違うんですかっ!」

「…あれは…」

「…あれは…舞の仇ですっ!そして…祐一さんを…」

「……いいんだ、オレは…」

オレはいい。
こうなっていいんだ。
だって…

「…これは…オレの…」

「…祐一さんっ!」

佐祐理さんはオレを見つめた。
見つめて首を振った。

「でも…あいつがっ!あいつが、舞を…祐一さんをっ!だからっ!」

「……違うよ、佐祐理さん。」

オレは首を振った。
佐祐理さんを見つめて、首を振ってみせた。

「…佐祐理さんは…あいつに呼ばれたんだ。あいつに呼ばれたから…今夜、ここに来たんだ。そうなんだろ?」

「………」

「…そうなんだ。ねえ、佐祐理さん?」

「………」

佐祐理さんは剣を構えたまま、闇を見据えた。
そして、頷いた。

「……そうです。なぜだか…なぜか分からないけど、ここに来なければって。来なければ…いけないって…」

「…そうだよ、佐祐理さん。あなたは…来なければいけなかったんだ。そして…」

音がしそうなほど、佐祐理さんは首を振った。

「……でもっ!わたしは…」

そして、手にした剣を振りかざした。

「あれのせいで…舞は…祐一さんは!だから…」

「……佐祐理さん…」

「…だから、わたしの…わたしは…あれが死ぬか、でなければ、わたしが死ぬか、それしか…ないんですっ!」

「違うっ!」

「だから、この剣で…舞の剣で、わたしはっ!!」

「…それじゃ、ダメなんだよっ!!」

オレは手を伸ばした。
左腕を押さえていた右手を差し出した。

「…ダメなんだよ…佐祐理さん。だから…」

「…祐一さん…」

「…それは…違うんだよ。違うんだ、佐祐理さん…」

「………」

佐祐理さんはオレを見つめた。
オレの伸ばした手を。
オレの血に真っ赤に濡れたオレの手を。

「…どうして…」

「……違うんだ…」

「……何が……」

オレの手に、佐祐理さんの腕が触れた。
オレは佐祐理さんの手を取ると、その手の剣を取った。

「……これは、いらないんだ…」
 
 

ガシャン
 
 

鈍い音と共に、剣が床に落ちた。
オレの手から床に落ちて、鈍く輝いた。

佐祐理さんはオレを見つめていた。
オレの顔を大きな瞳が見つめていた。
揺れる大きな瞳
銀に輝く瞳
揺れる瞳が…
 

「何が違うんですか!!!」
 

佐祐理さんの手が、オレを掴んだ。
オレの折れた腕を握りしめた。

激痛がオレを駆け抜けた。
折れた腕から走って、目の前を真っ赤に染めた。

意識が真っ赤に染まって
歪んで
 

「……ダメ…なんだよ。そんなことをしたら…」
 

かろうじてオレの口から声が出た。
震えそうになる声を、必死で吐きだした。

意識を失いそうになりながら
オレは

「…それじゃあ…救われないんだよ。あいつも…オレも…」

「……祐一…さん…?」
 

とまどう佐祐理さんの顔。
オレを見上げる瞳。

オレは頷いた。
 

「……佐祐理さんも…きっと、佐祐理さんも…」

「………」
 

佐祐理さんはオレを見つめていた。

オレの腕を掴む手。
震えるほど力のこもった手。
手が

離れて
 
 

ドクン
 
 

背中の気配が動いた。
闇が動くのを感じた。
わずかに揺れながら
廊下を向こうへと
 

揺れながら
 

向こうへ
 
 
 

ああ、そうか
そっちだったんだね。
あれは
あの場所は
 
 

オレは振返った。
闇が見えた。
廊下の銀の闇に
濃い黒の闇が
揺れながら動くのが見えた。
 
 

分かってるよ。
今…オレも行くから。
 
 

「祐一さん…どこへっ」

とまどうような声。
佐祐理さんの声。

オレは振返った。
佐祐理さんを見た。
 

「…向こうへ…オレとあいつの…あの時へ…」
 
 

あの時へ。
オレの…あいつのいた光景へ。
それは…
 
 

そうなんだね
この校舎は新校舎なんだ。
あの日の、あの場所は、旧校舎を背負っていたんだね。
どこまでも続く麦畑だとばかり思っていたのに
そこまでも風の渡る麦畑…
 

「…祐一さんっ!」
 

いつの間にか、オレは手をついていた。
壁に手をついて、体をかろうじて支えた。

左腕から落ちる血で、滑る床。
気を抜けば、倒れて…そのまま…
 

「…どうして、いったい…どこへ…」

「…行かなきゃならないから。オレは…」
 

行かなきゃならない。
オレは行かなきゃならない。
オレは…あいつとの約束を果たさなきゃならない。
オレは、あいつと…
 

「…オレたちは。」

「…祐一さん…」
 

佐祐理さんの瞳。
オレを見つめる瞳。

オレを見つめて
あいつを見つめて

いつも
そのために…

「佐祐理さんも。行こう、佐祐理さん。」
 

そうだ。
呼ばれたのは、オレだけじゃない。
オレは
オレたちは…
 

「佐祐理さんにも…分かるはずだよ。きっと…だから、あいつは佐祐理さんを呼んだと思う。そのために…」

「………」

「よく見て…感じてやってくれないか。佐祐理さんにも見えると思う。佐祐理さんにも見える…分かると思うんだ。分かるはずなんだ、きっと…分かるから。だから…」

「………」
 

佐祐理さんは黙ってオレを見つめていた。

揺れる闇の感触
消えそうな気配が…
 

佐祐理さん。
分かるはずだよ。
あなたにも分かるはずだよ。
だってあなたは
あなたはあいつの、たった一人の

だから
 

オレは振返った。
廊下を歩きだした。
闇が消えていった廊下の先へと歩きだした。
わずかに銀に輝く夜の廊下を一人
 

いや
 

オレの方に触れる感触。
柔らかな感触。
細い肩。

オレは横を見た。

「………」

オレの肩を支える佐祐理がそこにいた。
オレの右肩を自分の肩を乗せ、オレを支えている佐祐理さんがいた。

「……佐祐理さん…」
「………」

佐祐理さんはオレを見上げた。
オレの体を支えながら、オレを見上げた。

「……分かりません。わたしには…分からない。だけど…」

「………」

「…信じます。祐一さん、あなたを…」

「……ありがとう。」
 

オレは、多分、笑った。
佐祐理さんは、わずかに微笑んだ。
 

『………クスッ』
 

かすかに誰かの笑いが聞こえた。
誰か、小さな笑い声がした。
 

誰かは分かってるよ。
きみなんだろ?
 

オレは廊下の向こうを見た。

廊下の向こう
角から少女が顔をのぞかせていた。
白いウサギの耳が頭に揺れていた。
 

やっぱり。
分かってるよ。
今…行くからね。
 

少女は頷いた。
頷くと、鹿渡からその姿が消えた。
パタパタと足音が響いた。
廊下を走る音。
あの畦を走る音。
ざわざわと風の渡る麦畑の畦を駆ける音…

「…今のは、あれは…」

向こうを見ていた佐祐理さんが振返った。
佐祐理さんにも見えたようだった。
今の、あの姿が。
あの足音が。
 

「…うん。」
 

オレは、頷いた。
佐祐理さんに頷いた。
 

「…オレはあの少女に…昔、出会ったんだ。」

「………」

「10年前の、夏の日に…」
 
 
 
 
 
 
 
 

それは風の渡る麦畑。
夏の日の、傾く夕日の下。

『あ…』

声をあげた少女。
麦畑から顔を出して、ボクを見ていた少女。
声をあげたかったのはこっちのほうだ。

避暑に来た街で、道に迷ったぼく。
歩いていたら、辿り着いた麦畑。
ぼくの背ほどもある、麦の穂が茂っていた。
その穂の中から、少女はふいに顔を出したんだ。

『あのさ…』

少女は麦の中から立ち上がった。

『…遊びにきたの、ここに?』

少女恐る恐る、といった感じだった。

『いや、ちがうよ。迷ったんだ』
『このあたりは、まだよく知らないんだ』
『でも、こんな麦畑があったなんて、おどろいたよ』
『…どこからきたの?』
『さぁ…向こうのほうかな』

ぼくが指した方向は、でも、デタラメだった。

『合っているかどうか、わからないや』
『じゃあさ…』

少女はまた、恐る恐るって感じでぼくを見た。

『うん?』
『遊ぼうよ』
『どうして?』
『遊んでるうちに思い出すよ、きっと…』
『そうかなぁ…』
『そうだよ、きっと…』
『じゃあ、そうするかぁ…』
『うんっ』

そしたら、少女の顔がぱっと和らいだ。

その日から、ぼくと少女は毎日遊んだ。
その麦畑がどのへんだったのか、ぼくは知らない。
でも、夕日の町中を歩いていけば辿りつけるってことは知っていた。
広い広い麦畑でぼくたちは遊んだ。
麦の穂に隠れてのかくれんぼ、鬼ごっこ。
時には、麦の海を泳いで。
よく笑い、よく走る少女とぼくは遊んだ。

少女は一人だった。
いつも独りぼっちで麦畑にいた。
一度だけ、少女に聞いたことがある。
どうして、いつも一人なのか。友達がいないのかって。
その時の少女の答えは

『うん…あたしは普通じゃないから』

ぼくにはその言葉の意味は、最初は分からなかった。
少女は明るくて、人懐っこくて、普通じゃないところなんてないと思ったから。
だけど、少女はそれから言った。

『あたしには不思議な力があるの』
『だから…恐がられて、避けられてるの。』

そして、少女はぼくにその力を見せてくれた。

へぇ、と思った。
すごいなと思った。
だから、ぼくはそう少女に言った。
そしたら、少女はぼくをじっと見て
そして笑った。

『それは祐一くんだからだよ』
『ぼくが特別ってこと?』
『あたしにとってはね』

少女はうれしそうにまた笑った。
 

ぼくたちは毎日毎日、麦畑で遊んでいた。
だんだん麦の背が高くなって、少女の姿が埋もれてよく見えなくなった。
だって、少女は背が低かったから。
おかげでおいかけっこにしても、隠れんぼにしても、少女はいつも勝ってしまう。
だから、ぼくはそれをあげたんだ。
ある日、夕日の麦畑で、後ろ手にしながら少女を呼んだんだ。

『おいで』
『……?』
『ほらっ』

ちょこちょこと少女は近づいてきた。
ぼくはその頭に、それをかぱっ、とはめた。
大きな白い、ウサギの耳の垂れ下がる飾りのカチューシャ。
縁日で手に入れた、ちょっと高かったカチューシャ。

『…ウサギさん?』
『そう。ウサギは好きだった?』

ぼくが聞くと、少女は大きく頷いた。

『うん、好き…』
『動物はぜんぶ好きだけど…ウサギさんがいちばん大好き』

『そう、よかった。これで僕と一緒ぐらいの背丈だ』
『逃げてみて』

少女は大きく頷くと、ぱたぱたと駆けていった。
麦畑を駆ける少女。
ウサギの耳は麦の上、揺れて見えた。

『オッケーだ。これで勝敗の差が縮まるよ』
 

ぼくは言ったけど、本当は勝敗の差なんて縮まらなかった。
だって、少女のほうが運動神経がよかったから。
でも、そんなことはもう、ぼくにも少女にもどうでもよかったんだ。
だって、少女はその耳がとっても気に入ったから。
いつだってそれを付けていてくれたから。
だから、ぼくもうれしかった。
とってもうれしかった。
何よりのプレゼント
それがぼくの

でも、それが最初で最後のプレゼント。

ぼくはその意味が分かってなかった。
 

『あたし…自分の力、好きになれるかもしれない』

少女が言った言葉。
その意味さえも。

ごろりと二人転がった、麦畑の中。
僕たちの形に切り取った空を見上げていたぼくたち。
麦の壁に隠れた秘密基地のような場所で、ふたり見上げる空。

『そう。それは良かった。自分を好きになることはいいことだよ』

ぼくの言葉。

『祐一といたらね…』

少女はどんな顔をして、それを言ったのだろう。

『会って少しのぼくをそんなに信用されても困るけど…』

ぼくは何を考えていたのだろう。

『どうしてだかわかんないけど、そう思うよ…』

少女はどんな思いでそれを言ったのだろう。

『ふぅん…』

ぼくはいったい…
 

ぼくは子供だった。
どうしようもないくらい、ぼくは子供だった。
 
 

ぼくは分かっていなかったんだ。
ぼくの夏休みが二週間だけだってことを。
ぼくがここにいられるのは、休みの間だけってことを。
休みが終われば、こんな場所までひとりでは遠出してこれなくなるってことを。
そんなことはできないほど、自分が子供だってことを。

そして

その意味に気がつかないほど、自分が子供だってことを。
どうしようもないくらい、自分が子供だったことを。
 

だから、最後の日も

『さようなら』

それがぼくの言った言葉。

ぼくがあげたウサギの耳をつけたままの少女にぼくが言ったただ一つの言葉。

『さようなら』

少女の答え。
無表情で言った少女の答え。

ぼくの前ではいつもくるくる表情変わった
そんな少女が無表情にただ一言、言った言葉。

背のいよいよ高くなった麦の畑を渡る風
揺れるウサギの耳
 

ぼくは子供だった。
何も気付かなかった。
そんな少女の思いも
そんな少女の悲しみも
そんな少女の絶望も
 
 

それはその次の日の夕方
鳴った宿泊先の電話。

『ねぇ、助けてほしいのっ』

少女の声。
ぼくは宿泊先の電話番号を教えてなかったのに。

『どうしたのさ』

なぜぼくは不思議に思わなかったんだろう?

『…魔物がくるのっ』

『魔物?』

なぜ、少女の言葉をまじめに聞かなかったんだろう?

『いつもの遊び場所にっ…』
『だから守らなくちゃっ…ふたりで守ろうよっ』
『あたしたちの遊び場所で、もう遊べなくなるよっ』

『昨日は言えなかったけど、今から実家に帰るんだ』
『だから、またいつか遊ぼうよ』

"また"なんてないことを
二度とないことを
今は今しかないことを
ぼくは知らなかったんだ。

『ウソじゃないよっ…ほんとだよっ』

『魔物なんてどこにもいないよ』

それは真実。
だけど
間違いだった。

『ほんとうにくるんだよっ…あたしひとりじゃ守れないよっ…』
『一緒に守ってよっ…ふたりの遊び場所だよっ…』
『待ってるからっ…ひとりで戦ってるからっ…』

ブチッ

ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ…

切れた電話。

そして、それが本当の最後だった。
そう思っていた。

もうあの少女には、二度とあわなかった。
会うこともないと思っていた。

思っていたんだ…
 
 
 
 
 
 
 

「……オレは。」

何度も意識を失いそうになりながら、オレは歩いていた。
何度も意識を失いそうになりながら、オレは話していた。

それが全て。
それでおしまい。

でも

おしまいが始まって
始まりが終わっただけだったんだ。

オレと

あいつの

「…祐一さん、それは…まさか、それは…」

佐祐理さんがつぶやいた。
オレを見上げてつぶやいた。
 

オレは
 
 

オレは立ち止まった。
 
 

闇の気配はなかった。
音もしなかった。
静かに月の光だけが窓からさしていた。

誰もいない廊下で
オレは立ち止まった。

佐祐理さんとオレは立ち止まった。
 

「………」

「………」
 

教室のドアは閉じていた。
静けさに包まれた教室のドア。

でも

ここに間違いない。

向こうに落ちる夕日、角度さえ思い出せるんだ。
なぜ今まで気がつかなかったのだろう。
ここが…そうだったなんて。
ここが…

このドアの先が…
 

静寂の中
佐祐理さんに掴まったまま
オレは手を伸ばして
 
 
 

ガラッ
 
 
 
 

ドアを開けた…

<to be continued>

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