『卒業』〜第一話
 

 こんにちわ。(詐欺師)です。
 このSSは、No16421『卒業』の続きです。
 あゆBadEnd後のお話……ということで、「痛い」話ではありません。
 それでは、どうぞ。
 
 

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 夕暮れの光に、街が映える
 ゆらめきながら山の端に落ちてゆく太陽は、大きくて、寂しげで…
 自分の体までも包み込んでしまう大きな赤が、なぜか、懐かしい
 いつも見ているはずの景色なのに
 いつか見たはずの景色に重なって
 少しだけ、どこか知らない遠くに思いを馳せて
 そんな自分に少しだけ苦笑して
 そしてまた、ゆっくりと家路につく
 
 
 

     『卒業』〜第一話
 
 
 

 沈み行く夕日が、街を淡いオレンジに染め上げている。
 何故か涙を誘われる色彩。
 薄れていく現実感。
 そして、時を越えたような錯覚。
 人通りのない駅前で
 まだ寒い空の下で
 体のどこかが温かくなっていくのを、ぼんやりと感じながら 
 目の前の少女が口を開くのが、やけにゆっくりに見えて…

「今でも…なあに?」
 俺を見たまま、もう一度、繰り返す。
 茶色のダッフルコート。
 赤いカチューシャ。
 そして、背中には小さな羽の生えたリュック。
「…ねえ、続きは?」
「…うぐぅに聞かせる続きなんかない」
「うぐぅ…」
 からかうとすぐ涙目になって
 それでもすぐに笑顔になって
 いつも、無邪気に笑いかけてくれた…
「…え?っと…祐一君?」
 俺の腕の中で、あゆが上ずった声を上げる。
 困ったような、照れたような顔で。
「おかえり…あゆ」
 精一杯の言葉。
 俺が今言える、すべてのこと。
 でも、それは…
「…あゆ?」
 小さな体が、腕の中をすり抜けていった。
 驚きとも疑問ともつかない思いで、目の前の少女を見る。
 今にも涙が零れ落ちそうな、その哀しげな瞳を…

「…ごめんね、祐一君…」

 俺は、その言葉の意味を理解することができなかった。
 ただ、溶けかかった心にメスを入れられたような…
 そんなやるせなさだけが、俺の体を支配していた。
 
 
 
 

 ――ドサッ!
 無言のまま、ベッドに体を投げる。
 うつぶせのまま、足のほうにある窓に目をやる。
 雪は降っていなかった。
 …いや、雪はもう降らない。
 降ることはない。
 もう、そんな季節ではないから。

       『…ごめんね…』

 不意に、言葉が蘇える。
 耳の奥にこびりついたように、何度も、何度も…

       『…ごめんね、祐一君』

 哀しそうな瞳とともに
 行き場を失った思いとともに
 そして、現実。

       『…あさってで、お別れなんだ…』

 うつむきながら言った言葉。
 「おかえり」と言った俺に、申し訳なさそうに言った言葉。
「…なんで…」
 目をつぶっても、消えない現実。
 
       『お別れ』

「なんでだよ…」
 どんな言葉も、思いも、宙に溶ける。
 届かない。
 あゆがそう言ったから。
 必死の思いで、あゆが俺に言ったから。
 だから、届かない。
 叶わない。
「…どうしてだよ…」 
 
       『本当の…お別れなんだ…』

「……あゆ……」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 懐かしさを演出してくれた夕日も、今はただ眩しくて
 少女の姿を包み、隠す
 それでも、耳だけはまだはっきりとしていて
 あがらう術もなく、言葉は咽喉に刺さる
 
 
 
 
 

 言葉が、出なかった。
 ノドの奥が麻痺してしまったように、動かない。
「特別に、時間をもらったの…」
 ただあゆの言葉を聞きつづけることしか、俺には…
「…でも、それも三日だけ」
 俯いたままのあゆの口から、言葉がもれる。
 淡々と…感情を込めずに、紡がれる「現実」。
「…あさってで、お別れなんだ…」  
 震える声。
「本当の、お別れなんだ…」

 そして、沈黙。

 風の音が妙に大きく聞こえた。
 寒さが急に強まったような気がした。
 でも、それこそが錯覚で、
 夕日はだんだんと沈んでいって、
 街灯に明かりが燈り出して、
 やがては闇に包まれて…
 そうやって、時間は流れてゆくのだから…
 だから、あさってなんて…

「……あ」

 沈黙を破ったのも、あゆ自身だった。
「ゴメンね、祐一君。ボクもう帰らなきゃ…」
 あゆは俺と目を合わせようとしないまま、振り返って一度、固まる。
 リュックに結ばれた天使の人形が、揺れた。

「…明日の朝、ここで待ってていい?」

 肩を大きく震わせ、一言。
 あゆは、泣いていた。
 いや、俺がそう思いたかっただけかもしれない。
 ただ俺には、あゆが泣いているように思えた。
 でも、俺には…

「……ああ」

 その一言しか、言ってやれなくて…

「…ありがとう、祐一君…」

 逃げるように走り去るあゆを、ただ目で追うことしか…
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 その晩、俺は夢を見た。
 あゆの夢だった。
 冬の間は何回か見たような気がする、
 でも、あゆがいなくなってからは一度も見なかった。
 そんな夢の続き。
 七年前の、遠い冬のこと。
 
 
 
 
 

「本当にどんなお願いでもいいの?」
 どこか高いところから響いてくる、少女の声。
「ああ、もちろんだ」
 どこか誇らしげに、それに答える少年。
「本当にほんと?」
 訊ねる少女。
「本当にほんとだ」
 応える少年。
 あとは、予定調和。
「本当に本当にほんと?」
「本当に本当にほんとだ」
「……」
 そして、少女は黙り込む。
 たった一つの願いに、ありったけの思いを込めるように。

「だったら…」

「ボクの…お願いは…」
 
 
 
 

 人形を抱きしめて、少女が言葉を紡ぐ。

 本当にうれしそうに。

 しあわせそうに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 次の日、俺は早くに目がさめた。
 夢を見た感覚があった。
 ただ、内容ははっきりと思い出せない。
覚えているのは、三つのこと。
 少女の笑顔。
 天使の人形。
 そして、言葉。

        『…約束、だよ』
 

 あれは……
 
 
 
 

 よく晴れた朝だった。
 太陽の光が眩しかった。
 頭のどこかに浮かびかけた映像が、しぼんで消える。
 

 雪が降ることを望んでいる自分に、ふと、気づいた。
 

                                 <つづく>
 

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 あらためまして。詐欺師です。
 『卒業』の方もいよいよ本編に入り、タイトルがバレバレになってきたこの頃(笑)
 まあ、そんな感じで進みます。
 『Marshmallow-Waltz』とは、内容的にはまったく関係ありませんが、どこかしら
リンクしている部分もあるので、そちらも読んでいただけるとうれしいです。
 それでは、また、早いうちに。
 


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